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「働くこと」ですこやかに。ぶどう畑・ワイナリーと共生するこころみ学園

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ライター:中たんぺい

国際的に名高いワイナリーである「ココ・ファーム・ワイナリー」の母体であり、知的障がいのある人たちが共同で生活を送るこころみ学園。ここで生活している人々は、園生と呼ばれ、ぶどうやしいたけ栽培、ワイン造りなどに関わり、いきいきと日々を過ごしています。キーワードは、仕事。こころみ学園では、なにかを達成したり、喜んだりする手段として「仕事」を活用しています。こころみ学園の園生たちは、どのような仕事をしているのでしょうか。取材をしてきました。

「38度の急斜面を2年かけて開墾」ぶどう畑を造ることから始まったこころみ学園

こころみ学園のシンボルであるぶどう畑
▲こころみ学園のシンボルであるぶどう畑

こころみ学園は、特殊学級(現在の特別支援学級)の教員であった川田曻氏と知的障がいのある中学生たちが、山の斜面にぶどう畑を開墾した1958年にスタートしました。

1969年には、国の補助を受けずに施設を作り、こころみ学園が誕生。ぶどうやしいたけの栽培をしながら、知的障がいのある方々が共同で暮らすようになります。1980年には、「こころみ学園で収穫したぶどうを使ってワインを作りたい」という川田氏の想いから、ワインを造るための会社「ココ・ファーム・ワイナリー」が設立。その後、ココ・ファームワイナリーは、ワインの改良を重ね、サミットや飛行機の国際線のファーストクラスにも採用されるようになりました。そして、その上質なワイン造りには、ワイナリーの職人とともに、こころみ学園の園生たちも関わっています。

園生たちはぶどう畑やワイナリーでどのように働いているのでしょうか?学園は、どのような未来を目指しているのでしょうか?

こころみ学園の統括管理者とココ・ファーム・ワイナリーの農場長を兼務する越知眞智子さんに話を伺いました。

自然に囲まれるぶどう畑の仕事。職人たちと行うワイン造りの仕事

急斜面に広がるぶどう畑
▲急斜面に広がるぶどう畑

こころみ学園のシンボルであるぶどう畑は、山の斜面一帯に広がります。斜度は、38度の急斜面。ぶどう畑を歩いてみると、足や体幹に力が入り、汗がにじみ出てきます。畑の中で足を止めても、湿気があり、風も通りにくいため、汗は止まらないーーここで作業をするには、たくさんの体力を使いそうです。

「こころみ学園では、1年をかけてぶどうを育てています。例えば、初夏に行うぶどうへの傘かけ。ぶどうを保護するために、毎年約20万枚の傘をひと房ごとにかけています。1日1人で1500枚ほどかけることもあるので、大変な作業ですよね。夏が近づくと斜面に生えた雑草を刈る仕事も出てきます。ここのぶどう畑は日当たりがよくて、雑草の伸びるスピードが速いんです。ただ、斜面が急なので、大きな機械は使えない。手持ちサイズの電動草刈機や鎌を使って、伸びた雑草を刈っていきます。また、ぶどうを狙うカラスがやってくるのですが、追い払う役割の園生もいるんですよ。空き缶や鍋やフライパンを棒で「カンカン」と鳴らして、カラスが近づけないようにしています。みんなが身体を動かし、それぞれのできる仕事をすることで、自信と充足感を得ています」

1年をかけて園生と職員がしっかり育てたぶどうは、夏から秋に収穫され、ワインの原料になります。ワイン造りを行うのは、こころみ学園の園生の保護者が株主になっている有限会社ココ・ファーム・ワイナリーです。おいしいワインを追い求め続け、国際的にも評価の高いワインを作り続けています。

ココ・ファーム・ワイナリーのワイン貯蔵場
▲ココ・ファーム・ワイナリーのワイン貯蔵場

「ワイナリーの仕事は、機械に合わせたり、他の人に合わせたりする必要があり、それに慣れていかないとなりません。そのためワイン造りの仕事に携われるのは限られた園生だけです。園生も難しい仕事と分かっているようで、ワイン造りの仕事に携わると誇らしさを感じているように思えます。

なかには、スキルの高い園生もいるんですよ。ワインの瓶詰めの工程では、ベルトコンベアにボトルを乗せると、自動的にワインが注入され、コルクが打たれます。それが終わったら、キャップシールを被せるのですが、この作業は手動なんですね。瓶詰の機械は、1分間に1200本のスピードでワインを充填します。それに合わせてキャップシールを被せるので、連続で素早く作業をやっていかなければなりません。正確さと集中力が必要になります。ある園生は、このキャップシールを被せる作業を一定のリズムで何時間もやりつづけることができるんです。他には、ワインの異物混入の検査。瓶詰めされたワインに光を当てて、コルク片などが入っていないかを目視で確認していきます。これも得意な園生がいます。立派な職人ですよね」

ぶどう畑やワイナリーでの仕事を通じて、園生たちが充実感をもって暮らしているこころみ学園。設立から50年以上経ち、高齢化が進んだことで、外で働くのが難しい人たちも出てきました。これまで充足感を得ていた仕事がなくなり、園生にも変化が出てきます。

高齢化で変わった施設内での仕事

こころみ学園の事務棟
▲こころみ学園の事務棟

こころみ学園では、洗濯・炊事・掃除なども自分たちがやっていました。そのため、外の仕事が難しくなった園生は施設の中での仕事に携わるようになります。しかし、高齢化が進んでいくと施設の中の仕事に携わることも難しくなりました。

「体力や筋力が落ちて外の仕事ができなくなった人は、施設内での仕事をやってもらうようにしました。もともと学園では、自分たちで洗濯をしたり、ご飯をつくったり、掃除をしたりしていまたんですよ。ただ、それでも施設は50年前に建てられたものなので、バリアフリーの建物ではありません。階段の上り下りもあり、施設内の仕事でも大きな負担になります。例えば、洗濯。洗った服を屋上で干していたのですが、次第にそれをできない園生も出てきました。仕事をできなくなった園生は、これまでやれていたことができなくなって、「なんでできないんだ!!」と怒りがわいてきます。感情的に不安定になるんですよね」

老朽化した建物での暮らしは、体力のなくなった生徒たちへの負担も大きく、精神的な不安定さにも繋がります。

この「仕事」ができないという問題に、こころみ学園は頭を悩ませます。「どうにかできないか?」と悩んでいたとき、ちょうど施設の建替であることを思い出しました。施設のバリアフリー化はもともと折り込む予定でしたが、さらに仕事のしやすい動線を取り入れることにしたのです。

「施設の建替をした時に、階段だけでなくスロープで上り下りできるようにしました。洗濯に関しても、普段の生活をしているホールと同じフロアに洗濯機を設置し、洗濯機スペースからすぐ出られるバルコニーに洗濯物を干せるようにしました。それによって生活も仕事も負担が減ったと思います。」

施設の建替によって、仕事をできるようになった園生の心は安定しました。園生にとって、自分たちの誇りにつながる「働くこと」は重要です。そんな重要な仕事を園生に提供するために、心がけていることがあると越知さんは語ります。

「わたしたち職員の仕事は、園生たちに活躍の場を提供することなんです。園生のたちの仕事をやりやすくするには、作業の細分化が重要です。例えば、洗濯をひとつとってもそうです。洗濯機から服を取り出す、服をいれるカゴを持ってくる、服をカゴに入れる、カゴを干し場に運ぶというように分けていきます。分けた作業を自分のペースでやる。しかも1から10までひとりでやるのではなく、細分化することで、どこかの工程に参加できる。やり遂げることで「自分はできる」と自信を持てるようになります」

高齢化が進んだこころみ学園。いまは高齢者が多いものの、将来的には若い人たちも増えると予想されます。その未来に向けて、学園ではなにをやっていこうと考えているのでしょうか。

「お情けではなく、買いたいと言ってもらえるように」未来へ向かうこころみ学園

こころみ学園の統括管理者とココ・ファーム・ワイナリーの農場長を兼務する越知眞智子さん
▲こころみ学園の統括管理者とココ・ファーム・ワイナリーの農場長を兼務する越知眞智子さん

学園では、しいたけやぶどうの栽培、ワイン醸造の仕事を通じて、社会と関わり、経済活動に参加してきました。しかし、高齢化が進んだこころみ学園では、こうした仕事をできる人が少なくなり、社会での経済活動にも関わりにくくなっています。今後に向けて、学園の環境を整えていきたいと越知さんは語ります。

「高齢化が進んで、これまでのように仕事をできる人がだんだん少なくなってきています。ただ、あと15年〜20年くらいすると若い人たちが新しく加わって、働ける人は増えていくと思います。

将来のためにも、環境を整えて、園生が活躍できるベースをできるだけ維持していきたいんですよね。もともと学園で作った農作物やワイン作りに携わることで得られたお金は、園生に還元してきました。お金を得るという体験は、園生たちの自信にも繋がる貴重な要素だったんです。将来の園生たちにも同じ体験をさせてあげられればと思います。「お情け」ではなく、「買いたいから」と言ってもらえる商品を造っていきたいですね」

仕事を通じて、園生たちの心を育んできたこころみ学園。これからも「仕事」を大切にしながら、未来にむけてあたらしい道のりを歩んでいきます。

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ライター 中たんぺい

フリーライター。障害、メンタルヘルス、テック、キャリアなどのジャンルで記事を執筆。読んだ人の居場所になれるような文章を目指して、日々の取材に臨んでいます。群馬在住、ADHDの当事者。

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