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障がい発症、繰り返す転職、離婚…就労移行支援への通所で得た新たな人生

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ライター:うつ症状のある方向けサービス シゴトライ

皆さんこんにちは。障がい者専門の人材紹介会社ゼネラルパートナーズが運用する就労移行支援事業所「シゴトライ」です。「シゴトライ」はうつ症状専門の就労支援サービスで、うつ症状のある方が長く安定して勤務できるように実践的なスキルアップ研修を行っています。今回は「シゴトライ」に通所された後、ゼネラルパートナーズの人材紹介にて就職決定されたBさん(男性)に通所までの葛藤や通所されてからの変化、現在の状況などについて取材しました。

「とにかくがむしゃらだった」脇目をふらず走り続けた先に待っていた「障がい」

電話口に出たのは非常に真面目な印象の男性だった。仮に彼をBさんと呼ぶ。「入社して半年経ったので、有給が貰えるんです」彼はそう嬉しそうに語った。彼は就労移行支援事業所シゴトライを通じ、2017年12月より大手航空会社の子会社にて人事として主に勤怠管理などの仕事をしている。現在週5日フルタイムで働き、入社以来大きく体調を崩すこともなく皆勤だという。Bさんは2006年にうつ病を発症し、これまで7社を経験してきた。彼が現在のように安定した人生を歩むまでには紆余曲折を何度繰り返してきたことかわからない。

彼の人生に最初の壁が立ちはだかったのは2006年のことだった。
当時勤務していた会社で人事異動があり、これまでの慣れた仕事から人事職に異動なったことがきっかけだった。急激な環境の変化、膨大な業務量、上司からの叱責、現場からの突き上げ…忙しさとストレスで忙殺されていった。当時彼は家庭を持っており、家に帰れば子どもの世話や家事もこなしていた。「とにかくがむしゃらだった」と過去を振り返って彼は言う。
「肉体的な疲れはあったが、まさか精神的面にくるとは想像もしていなかった。」
ある月曜日の朝、彼の体はベッドに縛られるように、起き上がることができなくなった。まさかそれがうつ病の症状だとその時は気づいていなかった。それから彼は出社できない日々が続いた。心療内科に通院しようとしたが、どこも3か月待ちの状態だったと言う。やっと通院できた時、彼の病名は「うつ病」だった。しかし、その時彼は障がいを安易に考えていたのだった。「その時はうつ病と診断されショックだったが、休めば大丈夫だろう、と楽観的に思っていた。」彼は診断後すぐに、元の部署に半日勤務から復職したのである。

そこからが地獄のような日々の始まりだった。

「うつ病」というものを楽観的に考えていたため、通院を怠り、服薬を怠り、体調が悪化しては退職し、またクローズで転職してフルタイムで働くことの繰り返しだった。
結果、数社経験したがそれぞれ退職理由はあれど、根本的にはうつ病がきっかけとなり退社することとなった。
なぜ障がい者採用で働かなかったのか?そう問いかけると、彼は言った。
「当時は障がい者雇用というもの自体を知らなかった。病気をオープンにすることにかなりのためらいがあった。うつ病を発症した時に勤めていた会社で、同じ障がいの人がいたが、周囲は皆腫れ物に触るような感じで接していた。とてもじゃないが面接でうつ病があります、とは言えなかった。」
時代のせいもあったのだろう。今ほど障がい者雇用が認知されておらず、障がい者が働けるということ自体認識が薄かった時代だった。企業も適切な配慮の仕方を知らないことが多かっただろうし、ましてや社員同士ではどう接していいのかわからなかったということもあるのかもしれない。

そしてまた、彼のプライベートは障がいによって壊されたのだった。

子宝にも恵まれた幸せな家庭を崩壊させた「うつ病」

2012年、彼は家族と別居することとなった。「ひとりになりたい」そう家族に申し出たという。新卒で働き始めてから2年で結婚し、家族と過ごしてきた。しかし、障がいを負ったことにより家族と暮らすということが辛くなったのだった。もちろん当時の妻や、親族からは反対された。しかし、当時の彼にとって「自分のペースでいられること」が彼の精神状態を保つために何より大切だったのだ。主治医も1人で暮らすという選択に同意していたため、なんとか家族を説得できたのだった。
はたからみると「家庭を保つことができなかったのか」そう見えてしまうかもしれない。しかし、この時の彼には家族と離れて暮らすということが、彼自身が壊れてしまわないための究極の選択でもあったのだ。「築き上げてきたものを手放す」その選択をするまでにはどれほどの苦悩があったかは容易には想像できるものではないだろう。

雨

結果、「同意離婚」の運びだったと彼は言う。しかし当時の妻が家庭裁判所で法的に争う姿勢を見せたため、彼は調書をとられることとなった。事細かに調書をとられるということが彼のメンタルを追い詰めていった。その精神的なプレッシャーから体調を崩し、勤務していた会社を退職せざるを得なくなったのだ。
彼は障害年金と失業保険で7か月ほど食つなぐという生活を送ることになる。しかしそれも厳しい状態となり、ハローワークの職業訓練に通うこととなった。その後パート社員として2社勤務するも、継続が難しくなり退職。金銭的にも心身的にも余裕がなくなった彼は実家に戻るという決断をした。

実家に戻るという「英断」、そして就労移行支援と出会った

彼が実家に戻るという選択肢を選んだことは、容易なことではなかった。卒業し、家を出てから家庭の事情がありほとんど連絡を取っていない状態が続いていたのだ。
離婚をするという話し合いの時に、障がいのことは伝えていたが、実家で暮らしたいという意思を伝えることは彼にとって非常に大きな壁だった。しかし、意を決して実家に戻ると決めたのは彼にとっての「英断」だったかもしれない。時には誰かの助けを借りるという勇気も時には必要だ。今回が彼にとっては「その時」だったのだ。

実家でしばらく「引きこもっていた」と彼は言う。
しかし、数か月経った頃「そろそろどうにかしなければと思った。」そう言って彼が足を運んだのはハローワークだった。ハローワークの支援員に現状を話し、相談をしたところ職業訓練と就労移行支援事業所への通所のどちらかが良い、という話になった。その時に紹介された就労移行支援事業所のひとつが「シゴトライ」だった。
就労移行支援事業所への通所を検討し、シゴトライと紹介されたもう1社を比較検討したという。結果、彼はシゴトライに決めたのだが、その決め手は2つあった。1つ目はうつ症状専門の就労移行支援事業所であるということ。そして2つ目はカリキュラムの中にあるストレスマネジメントが充実していたということだった。他社は月1回ストレスマネジメントがあるかないか、という状況で専門スキルを持った支援員も常駐していなかったという。
通所してみてどのような気持ちの変化があったのか?そう問いかけると、こう彼は答えた。

走り続けた彼に「一時停止」をかけた就労移行支援

「一時停止することができた。」
障がいを受容できず、次に、次に、と焦って進んできた彼だからこそ出た言葉だったのだと思う。
「通所して、過去を振り返ることができた。そして何より病気に向き合うということができた。それによってものの考え方、みかたを変えることができた。主観的に見ていた物事や自分のことを客観視できるようになったし、完全にはできなくともしようと試みることができるようになったことが一番の収穫だった。」そう彼は話す。
日々のプログラムの中で自分自身や自分を取り巻く環境に冷静に目を向けることができるようになったことが、紆余曲折を繰り返してきた彼の今後を大きく変えたのだろう。
シゴトライに通所し、就労することに対する意識も変わったと彼は言う。
「頑張れるんじゃないかという意識を持たせてくれた。昔、100%の自分で働けていた時のイメージが先行してしまいそれに向かうようにしなければ、と走り続けてきたけれど、そのままでいい、いまのままでいい、安定して通所できればいい、それが障がいを受容することのワンステップだということを学んだ。」
現職で皆勤できているということが、この考え方が彼を良い方向へ導いてくれたという証明なのだろう。

踏み出す

彼は就労移行支援への通所も皆勤で、精神状態を崩すことなく通えていたという。思ったことをため込んでしまう傾向がある彼だったが、支援員の声掛けがあり徐々に自分から話すことができるようになったそうだ。
また、服薬を怠っていた彼だったが、就労移行支援に通所して服薬チェックがあったことできちんと毎日薬を飲むという習慣がついたという。現在は自身で服薬管理表を作成し、飲み忘れのないよう気を付けているそうだ。
「質の良い睡眠をとるようになったことで気分の振れ幅が緩やかになってきた。大きく気分が上がるわけではないが、少し下の状態で普通に安定している。」と彼は言う。
就労移行支援への通所で体調管理もできるようになり、気分の安定にもつながっているようだ。

「楽になれる」重荷をおろすきっかけになった就労移行支援

最後に就労移行支援に通所を迷われている方に伝えたいことは?と聞くと、彼は言葉を選ぶ間もなくこう言った。
「楽になれるよ、ということを一番に伝えたい。」
彼の取材を通して話を聞いている中で、彼の言う「楽になれる」という言葉には非常に重みを感じた。彼がどれほどのものを背負ってきたのか。どれほどの苦悩があったのか。そして就労移行支援に通所することでどれほど救われたと思ったのか。
「就労移行支援事業所へ通所して、学ぶことで余計な重みが取れて病気にしろ今の自分にしろ頑張らなくて良い、とわかる。これは通院やカウンセリングだけではきっと得られない。」取材していた中で一番ハッキリとした口調で、彼はそう言った。

手を伸ばす

そして、特に彼が同年代の方に伝えたいことがあると言う。
「障がい者に対する社会の環境や、会社の中の環境も良くなってきている。10年以上前の状況とは全然違う。就労移行支援事業所に通所すれば、より良い会社に出会えると思う。お試しでもいい、体験通所からでもいいから足を運んでほしい。」
彼は障がいによって多くのものや機会を失ってきただろう。しかし、障がいがあることにより通所した就労移行支援で学んだことで、今後得ていくものも大きいだろう。
彼のこれからの人生に大きな幸があるように、そう祈って電話を切ったのだった。

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