双極性障害を「治す」のではなく「付き合う」へ ~30代のキャリア再構築~
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ライター:飯塚まりな
瀬川寛さん(仮名・31歳)は双極性障害II型を発症し、大学卒業後から4度の休職と3回の転職を経験しました。26~27歳のころ、メンタルヘルスで休職する人のためのリハビリ施設「リワーク」を紹介されます。全てのプログラムを無事に終えて、現在はベンチャー企業に障害者雇用枠で入社し人事を担当。プライベートでは結婚され、幸せな日々を送る瀬川さんがリワークでどんな学びを得たのか伺いました。
会社の上長と週一の面談
都内のIT企業で働く瀬川さんは講演会で「ようやく2年間無欠勤で働くことができました」と明るく話す姿は一見、双極性障害が完治してしまったのかと思うほど。ですが治ったのではなく、うまく付き合っていく方法(寛解に向けた対処方法)をリワークで学んだといいます。
双極性障害とは人の気持ちがうつ状態と躁状態を繰り返し、社会生活に支障をきたします。詳しい原因は不明ですが、約100人に1人の割合で発症する病気です。瀬川さんは社会人1年目にうつ状態になり3年後に双極性障害の診断を受けました。
今はITベンチャー企業に勤め、3年目を迎えました。入職した当初は時短勤務で出社し、徐々にフルタイムで働けるようになりました。転職後からは休まずに安定して仕事を続けられ、今後のキャリアアップを望めるほど好調だといいます。
実は瀬川さんが採用時に企業側へ合理的配慮としてお願いしたことが2点あります。1点目は週に1回行う1on1の面談です。1on1とは上長と部下が互いに対話をすることで、部下の成長を見守るマネジメント手法のことです。
実際にはどんな面談をするのか尋ねました。瀬川さんは腕に着けているスマートウォッチ(Fitbit社製)を指差し「ここに僕の1週間の生活記録が残っています」と話し始めました。
生活記録をつけるためのスマートウォッチ
スマートウォッチには瀬川さんの1週間分の睡眠や歩数計が記録され、面談の際にはデータを元に作成されたエクセルの表を見ながら話します。そこで「今週は寝る時間が遅くなり、睡眠が足りていなかった」「週の後半は残業があったが、たくさん歩いたので健康的に過ごせた」など明確な数字により、細かい生活状況を振り返ることができます。
さらに独自の対策で、妻や担当医から見た自身の様子を聞いています。「最近は多弁で話があちこちに飛んでいた」など周りから見た今の自分を知ろうと記録に残していました。
「僕にとって1on1はとても有り難く、自分がどのような状態にあるのか把握できます。最近は嬉しいことに症状も落ち着いているため、面談も2週間に1回となりました」
2点目の合理的配慮は、できる限り夜21時以降の夜勤勤務を避けるようにすることです。社内の配慮により、日中のみ働ける環境が整えられています。もちろん時間内に仕事を終わらせる自己努力もとても大切です。素直に症状を打ち明けたことで、以前よりも働きやすくなりました。
リワークを勧められて
瀬川さんは1993年生まれ。子どもの頃はおとなしいタイプでしたが、中学で野球部の部長になり性格に変化が出てきたといいます。
首都圏の私立大学へ進学。一番大変だと言われる教授のゼミに自ら飛び込み、徹夜で研究に没頭する日もありました。一方、気分が乗らず、授業を休んで通えない日も。気付けば、たったの1単位が取れずに留年した苦い思い出もあります。「大学時代から少しずつ症状が出ていたのかも」と話していました。
就職し社会人になると、段々とうつ状態になり自信が無くなりかけてしまいます。自宅付近の歩道橋から線路を見下ろし「今の自分を終わりにしたい」とすっかり気力を無くしていました。
2社目に入社したのは障害者雇用支援を行う企業。しばらくは社内で尽力したものの精神的な不調が続き、半年間の休職。そろそろ職場復帰をしたいと上司に相談すると「リワークに通ってみたらいいのでは」と助言されます。
しかし、一刻も早く職場に戻りたかった瀬川さんは「1ヶ月ですぐに卒業する」と強い思いがあったとか。仕方なく、腑に落ちないまま都内のリワークに通所。ですが最大の転機を迎えます。
完璧主義な自分が真剣にサボってみる
リワークは休職した人たちが、再復帰に必要な支援を受けられる場所。大事なことは自分自身の症状を理解し、復帰後に再発をせず社会人生活が送れるようになるのが目的です。
瀬川さんは「最初は1ヶ月で卒業したいと伝えたら『それは無理です』と言われショックでした」と話します。仕方なく目標を3ヶ月に変えることに。ところが、最初の頃は休んでしまう日もありました。リワークは1日6時間のプログラムを受けるのが基本です。瀬川さんは諦めずに通い続けます。
プログラムは主に2種類、集団で受ける講義はストレスマネジメントや認知行動療法、栄養学や睡眠のメカニズムについて座学を受けます。また、個別プログラムでは臨床心理士のスタッフと面談をしながら再発防止策として各々にあったプログラムを行い、時間をかけて一つ一つクリアしていきます。
「初めて自分の人生をグラフ化して、小学校からどんな行動を取っていたのか分析をしました。物事をどう捉えれば精神的なバランスが良いのか、全ての経験を整理してみたんです」。
認知行動療法にも取り組みました。長年積み上げた認知の歪みを自覚し、次は双極性障害の症状が強く出る前のサインに気付けるよう分析します。再復帰をした後も気分の浮き沈みに囚われず、仕事を継続するための取り組みでした。
瀬川さんは春と秋に軽躁期間に入りやすく、夏と冬はうつ状態になりやすいとのこと。軽躁中は「ビジネスコンテストに応募したい」「起業をしよう」「大きな金額の衝動買いが増える」など気持ちが大きくなり、会話は演説口調になる傾向に。しかし、うつ状態になると起きて部屋のカーテンですら開けることができなくなってしまいます。
そこで軽躁の初期サイン、中期のサイン、取り返しのつかないサインを表にし、自分だけの取り扱い説明書となるものを作ることにしました。
さらに完璧主義で生真面目な性格の瀬川さんには、ユニークなプログラムが用意されます。例えば「座学の時間は手を上げて発言をしない」「課題は手を抜いて提出する」「ゆっくりした時間を楽しむ」などが課題に。瀬川さんにとって、それはストレスがかかることでした。しかし、そのストレスをあえて自分にかけてみる。3ヶ月ほど続けてると段々と自分の性格にも変化が現れ、そうした苦手だった時間も、何事もなく過ごせるようになってきました。
こうして地道な努力の末、ようやく1年半かけてリワークを卒業。その後は障害者雇用枠として転職活動をして現在の会社に出会い2年間無欠勤で働くことができました。休職のピンチに陥ることもなく、現在に至ります。
今後の挑戦
この先どんな風に過ごしていきたいか質問すると、「実はもうすぐ子どもが生まれます」とビッグニュースが!これまで支えてくれた妻を今度は自分も支えたいと、すでに3ヶ月の育休を取得し家族と過ごすために準備万端です。
(現在は無事にお子さんが生まれ、お写真もご提供くださいました!)
無事赤ちゃんが生まれました
ただ、気になるのはいずれ始まるかもしれない乳児の夜泣き。瀬川さんにとって睡眠のリズムは最も重要で欠かせないもの。「正直、自身の健康に影響しないか少し心配だ」と素直な気持ちを打ち明けていました。
「でも僕と同じ障がいを持っている方で、仕事や育児をされている人がたくさんいます。障がいがあるからと怯まず、これからは知恵を絞って、パートナーと協力しながら子どもと向き合いたいです」
子育てに期待と不安を抱えながら、父親として幸せな家庭を築こうとする瀬川さん。リワークでの学びも、子育てにうまく役立たせながら家族3人で新しい生活をスタートさせます。
今後も双極性障害とうまく付き合いながら、ビジネスマンであり父親として輝いていくことでしょう。
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ライター 飯塚まりな
フリーライター/イラストレーター 近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。
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