「うつは生き方を見直すチャンス」精神障がいとともに築いた新しいキャリア
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ライター:かたおか由衣
障がい者手帳を持ちながら、ビジネスコンサルタントとして活躍する鈴木晃博さん。大手IT企業グループで、顧客企業のビジネスアウトソーシング業務設計やITの要件定義などを担当しています。「うつ病になったことは生き方を見直すチャンスでした」と語る鈴木さんに、うつ病の診断から精神障がい手帳の取得、再就職の道のりについて伺いました。
猛烈仕事人間が、うつ病の発症
鈴木さんは大学で経済学を学び、海外の学生との交流会を企画・実行するなど、積極的な学生でした。しかし、当時は就職氷河期。志望していた経済系の出版社は、募集すらありませんでした。そこで「ITを活用して企業を変えるコンサルティングの仕事がしたい」との思いを抱くようになり、大手電機メーカーに就職しました。Windows95が発売された年のことです。志望したコンサル部署ではなく、パソコンの生産計画の部署に配属されました。
「当時は、猛烈な社風でした。ただ、生産計画で製造業のP/L(損益計算書)がどう作られるか肌身で学べたことが、現在のコンサル業務にも生きていると感じています。無駄なことはないのだなと」
30代になったころ、コンサルタントの志望を振り返り、「顧客の経営課題を解決する仕事がしたい」と、ベンチャーのコンサル企業・ITベンチャーへと転職していきました。しかし、自分の得意領域ではない、コンサルティングで疲弊。仕事のことが頭から離れず、不眠状態となり、心身がボロボロの状態に。希死念慮まで浮かんできます。心療内科を受診。うつ病と診断されました。
2006年にうつ病の診断を受け、3ヶ月間精神科病院に入院しました。大手メーカー時代から長時間残業が続き、寝付けない、頭痛などの不調があり産業医との面談や心療内科に行きながら働いていたため、心療内科への受診の心理的なハードルは高くありませんでした。
「入院中は集団療法や作業療法に参加しました。体操、工芸、書道、料理、合唱など様々な活動がありましたが、特に夕食後の談話室での会話が安らぎでした。そこでうつ病の人がたくさんいることを初めて知り、一人ではないと感じられたのです」
退院後、鈴木さんは元の会社に戻れるのか不安を抱えていました。同僚から「そろそろ戻れないか?俺のフォローをしてくれればいいから」と誘われても、「もう戻れないよ。お客さんが怖いから」と断るしかなかったそうです。結局、依願退職という道を選びました。
▲多様な人との『緩やかなつながり』が回復の基盤に。鈴木さんを支えたサポートネットワーク
~鈴木さんの講演活動で使用された資料より引用(資料は2025年当時のものです)~
精神障がい者手帳という選択
うつ病 + 無職 + 扶養家族あり + ローン持ちという現実。退院から約3ヶ月後、鈴木さんは再就職に向けて動き始めます。しかし、うつ病の経験をどう扱うべきか悩みました。そこで選んだのが「障がい者雇用」の道でした。
ちょうど2006年に障害者雇用促進法の改正があり、精神障がい者も雇用率の算定対象になったタイミングでした。
「再発なき社会復帰」を目標に、36歳で精神障害者3級の手帳を取得した鈴木さん。この決断は、まだまだ障がい者雇用が注目される前でしたので、主治医も驚いたといいます。
「働き続けるために何が必要かと考えたとき、自分の今までのキャリアをオープンにできる環境が必要だと思ったのです。うつ病の発病までのすべてのキャリアを説明できないと、仕事の能力も伝えられない。また、頑張りすぎてバーンアウトしないよう、上司にブレーキを踏んでもらう必要もありました」
妻からは「まずは新卒になったつもりでスタートしよう」という励ましの言葉がありました。
特例子会社での再スタートで実績を積む
▲障がい者雇用を支える法制度と特例子会社の仕組み:鈴木さんが活用した社会復帰への道筋
~鈴木さんの講演活動で使用された資料より引用(資料は2025年当時のものです)~
2007年秋、ハローワークを通じて大手情報サービス企業の特例子会社に、契約社員として入社して再出発を果たします。機密文書管理グループで短時間勤務からスタートし、徐々に勤務時間を延ばしていきます。
「最初の3ヶ月はデータ入力作業。直前までITベンチャーのバリバリのコンサルとしては、ふがいない気持ちにはなりました。しかし、『あせらない、特別視しない』を心がけ、ギリギリの線で休める逃げ道を作りながら出社していました」
その後、業務の課題の解決や新規のアウトソーシング業務の設計に携わるまでになり、新人賞も受賞しました。しかし、こうして仕事ができるようになると、失ったキャリアを取り戻したいという欲が出てきます。仕事に熱中する「悪い癖」も再び表れてきます。
2010年春には主任に抜擢され、残業を解禁するも、仕事に打ち込む中で再び不眠に悩まされることに。「仕事を減らしてほしい」と投げ出すことになってしまい、悔しい思いも味わいました。しかし、カウンセラーからは「本当によく立ち止まることができましたね。再発をしてしまったら症状は悪化しますし、回復も遅くなります」と言われたといいます。
「注意信号の兆候を見極めることの重要性を学びました。長年かけた悪い癖はなかなか直せないのです」
そのようなとき、精神障がい者の就労支援サービスが立ち上がったことを偶然知ります。「自分の経験を、同じな悩みを持つ人に届けたい」と感じた鈴木さん。自ら担当者にメールを送り、自身の経験を活かした取り組みを提案しました。その後、講演やウェブサイトに体験記の執筆も行いました。
障がいをオープンにしたまま転職活動に挑戦
特例子会社で障がい者雇用として、12年勤務し、50歳を迎えるタイミングで転職を決意。2007年に一人目の精神障がい者として鈴木さんが入社して以降、60名前後の精神障がいのメンバーが、採用されてきました。「60名の雇用を作ってきた」こと、さまざまなアウトソーシング業務をローンチし、実績も出していました。それでもどこか違和感が残っていました。
「新卒のときに抱いた『ITを使ったコンサルタントになりたい』気持ちを思い出して、このままでいいのかなと感じ始めました。自分のライフキャリアが『精神障がい者の鈴木晃博』という枠で収まっていていいのか、との葛藤も生まれました」
そこで、「障害者手帳を公開しながらコンサルタントとして採用してくれる会社」を探す挑戦に踏み出したのです。
転職エージェントを使って転職活動をし、履歴書には『精神障害者手帳あり』『うつで入院歴あり』と書きました。これは、自身のキャリアを説明するには、選択的キャリアとして障がい者雇用を選んだというストーリーが必要だと考えてのことです。
多くの会社では、書類審査が通過しませんでしたが、現職ビジネスアウトソーシングの企業からから、オファーを得ます。業務調査・コンサルティング領域を、これから拡充していきたいという戦略とシェアードサービスの構築実績や過去のコンサルタントとしての実績を評価されて、健常者として採用されました。それから5年で、障がい者でありながらも、難易度の高い案件ほど、鈴木さんに相談がくるまで、社内で評価され第一線で活躍しています。
「立ち止まったときは生き方を見直すチャンス」
▲「うつ病は生き方を見直すチャンス」と語る鈴木さん
鈴木さんは「うつ病は生き方を見直すチャンスです」と語ります。
「どんどん仕事をして、昇進して、稼いでいても、体を壊し、家庭を壊してしまう。それは求めていた生き方だったのだろうかと。たくさん考えました。体のことをケアしながら、家族と大切な時間を使う。このように働こうと思えたのは、うつ病になったからなのだと思うのです」
「うつから立ち直ることをキャリアとして誇れる時代になってほしい」と願う鈴木さん。「何かを掴んで新しい道を歩き出すきっかけに、うつという大変な体験を活かしてほしい」と力強く語ります。
鈴木さんの歩みは、うつに限らず、「立ち止まっても、見方を転換すればキャリアのストーリーは続くこと」を教えてくれます。
後編では、鈴木さんがたどりついたストレスマネジメント法や、精神障がい者雇用についての考えを伺います。
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ライター かたおか由衣
フリーライター。東京学芸大学卒業後、リゾート運営会社、専業主婦を経てライターに。教育、社会課題、エンタメなど幅広いジャンルにて執筆中。ホームスクールを選んだ子どもたちと過ごす日々の中で、さまざまなマイノリティの方と接する機会が増えている。
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