「見えない世界を、共に楽しむ」──ライズ&プレイの挑戦
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ライター:keita0206
こんにちは。上肢障害の啓太です。今回は視覚障害を持った方たちのライティング事業と、バリアフリーのゲーム作成、そして障害体験を通してダイバーシティを学ぶ企業研修を行っておられる株式会社ライズ&プレイの和久井香菜子代表にインタビューさせていただきました。なぜ視覚障害を持った方々と事業をやるようになったのか?バリアフリーのゲームとはどんなものなのか?また和久井さん自身の今後の目標なども深掘りしてみました。
和久井さんの経歴、ブラインドライターズを始めたきっかけ
フリーランスのライター歴がかれこれ30年近くなる和久井さんですが、最初に始めた仕事はライター業ではなかったと言います。
▲取材に応じてくださった和久井さん
「短大卒業後は事務職がスタートでした。でも事務作業が本当に苦手で、いろんな職場を転々としていました。94年〜95年頃、職場の上司からウェブでライティングやってみないかと誘われました(そして本業はクビに)。『インターネットという、何かすごいものががやってくるぞ』と騒がれていた頃で、ウェブライターや、ウェブデザイナーなんて職もまだありませんでした。ブルーオーシャンだったので、ライターと名乗るだけで、ウェブ仕事は次々ともらえました」
当時はまだブログもない時代だったので、ライターの間でも、ネットに記事を書くことが仕事になるイメージが定着していなかったそうです。
それからオンラインゲームの企画をしたり、スペインにテニス留学をした経験を活かしてテニスのコーチやテニス雑誌のライターをしたり、英語専門学校で学んだ経験を活かして英語テキストの編集に携わったり、さまざまなご経験も積み上げてこられたそうです。
次に和久井さんに転機が訪れるのは、新しい仕事を探しているときでした。「ボランティアで編集をやらないか?」と声がかかったのです。
「障害を持った女性たちを対象としたフリーペーパーの編集でした。
それまで障害者の方と関わる機会はなかったのですが、これが仕事につながればと安易に引き受けました」
初めて障害者と関わって一緒に車いすバスケの取材など体験を重ねていくうちに、段々と障害者の抱えている問題にも関心を持つようになったと言います。
そんな折、和久井さんは8時間の音源を3週間で本にまとめて欲しいというタイトな案件を受けることになります。その時知人に紹介され、松田昌美さんというかたに出会います。
松田さんはロービジョンといわれる視覚障害者でした。和久井さんが文字起こしをお願いしたところ、早くかつ正確に仕上げてくれたそうです。
それがきっかけで、和久井さんが仕事をとってきては、松田さんが文字起こしし、「ブラインドライター」という名前で活動するようになりました。それが話題になり、どんどん仕事も増えていったそうです。人手も必要になってきたため、視覚障害の方を中心としたブラインドライターズという会社を作るに至った、ということです。
ブラインドライターズの活動と、ライズ&プレイの設立経緯
ブラインドライターズは主に文字起こしの業務を展開していましたが、活動はそれだけに留まりませんでした。
「視覚障害のかたと関わっていくうちに、彼らが就ける働き口や、娯楽が少ないことにも関心が向くようになりました。
それからは彼らに向けて、ビジネスマナー講座やキックボクシング体験会なども行いました。各種イベントを開催するうちに、ゲームや謎解きをバリアフリーにしたいと考えるようになったんです。
▲和久井さんのワークショップ
「2019年にマーダーミステリーというゲームが流行り始めました。数人でグループを組んで、それぞれが違う役割を演じ、その中から殺人犯を当てる推理ゲームなのですが、視覚障害や車いすユーザーでも参加しやすいシステムだなと気づいたんです。
同じように謎解きや脱出ゲーム、ボードゲームもとても流行っていますが、これらはシステムがすごくバリアフルです。こうした知的遊戯をバリアフリーにしたいと思うようになり、新しく事業として『ライズ&プレイ』を立ち上げる流れになったんです」
ライズ& プレイの3つの事業
現在ライズ& プレイでは、ブラインドライターとしての事業も含め、3つの事業を行っているそうです。その他事業についてもお話を伺うと、
「2つ目は、バリアフリーなゲームや謎解きの作成です。まずは『どうぶつしょうぎ』という、既存のボードゲームをデコレーションして、視覚障害者も遊べる仕様にしました。クラウドファンディングでプロジェクト達成したので、ワークショップや販売を行い、多くの人が遊べる機会を増やしていきたいです」
どうぶつしょうぎは、盤面が3 × 4マスのいわば簡易版将棋です。それぞれの駒に進める方向が印されてあるため、初心者でもわかりやすく、ちょっとした合間に遊べます。
ライズ&プレイでは、どうぶつしょうぎの駒にラインストーンを貼って点字の代わりにしたり、マス目から駒がずれないように面ファスナーをつけたりなど、より多くの人が遊びやすいよう工夫がなされています。
▲どうぶつしょうぎの駒をデコって点字の代わりに
「今後はどうぶつしょうぎのような、シンプルだけれど奥深く、かつバリアフリーなゲームを作りたい」と和久井さん。
そして3つ目が謎解きを通してダイバーシティを学ぶ研修事業です。
「研修参加者のかたがたにはそれぞれ聴覚、視覚、四肢障害を疑似的に体験いただきます。
その超絶ダイバーシティな状況で問題解決してもらうことで、情報共有の難しさだけでなく、当事者への必要な配慮やコミュニケーションの重要性を体感していただいています」
▲研修で使用する資料を一部ご紹介
また和久井さんは、ダイバーシティ研修を通して、DEI(ダイバーシティ・エクイティ &インクルージョン)とはどういう考え方なのかを知ってもらいたいと話します。
「この研修を受けたからといって、障害当事者と同じ体験ができるわけではありません。
例えば視覚障害者なら、点字の読み方や音声読み上げツールの使い方を学び、歩行訓練などを経てスキルを身につけています。視覚を遮断して『不便だ』で終わってしまってはいけません。
この体験を通して障害を持ったかたがたが、どうしたら公平な機会を得られ、社会に受けられるかを考えてもらうきっかけになればと思っています」
謎解きで学ぶダイバーシティ研修は、主に大手企業や社内に障害を持つ社員がいる、DEIへの取り組みを推進している企業からの依頼が多いそうです。
実際に受講した参加者からは、「学びが多かった」「思ってたのと体験するのでは大きく違った」などの感想が飛び交い、いつも盛り上がっているそうです。
和久井さんの今後のビジョン
ライズ&プレイの事業を通して、今後は「誰もが気軽に外出できるバリアフリーな街」を作ることが、自身の夢だと和久井さんは語ります。
「以前、『首都圏 バリアフリーなグルメガイド』(交通新聞社)を制作したときに、盲導犬がNGの店がとても多いことに気づきました 。
お店のかたは『お客さんの中に犬嫌いの方もいる』とおっしゃるのですが、盲導犬などのガイド犬は適性を見極められ、訓練を受けた大切な伴侶です。清潔に保たなければいけないルールもあります。ペット犬とどう違うのかもまだ社会に認知されていないですよね。
盲導犬を必要としているかたは、お店に盲導犬の同伴が大丈夫か確認を取らないといけないことが多いようです。また東京都には盲導犬の入店は断ってはならない条例があるのですが、これも知られていません。
そのようなことから、すべての場所に盲導犬と一緒に行けたり、街の誰もが障害者のかたをアテンドできるような街づくりを、事業を通して実現して いきたいと思っています」
和久井さんは、「バリアフリーにはハード(物理的な環境)とソフト(意識や制度)の両面が必要だ」と話します。
「新しい建物は、法でバリアフリーが義務づけられ、整備されつつあります。一方でまだまだ障害に対する不理解や誤解、差別やいわゆる『障害者ポルノ』も多いため、問題解決に取り組みたい」とのことです。
インタビューを終えて
バリアフリーと一口に言っても、障害者のことを健常者に理解してもらうためには、様々なアプローチが必要です。
その点ライズ&プレイの取り組みは、謎解きゲームやボードゲームを介して、DEIを考えるきっかけを持ってもらったり、障害者と健常者が一緒に楽しむ機会を増やしていくなど、子供から大人までとても参入しやすいものだと思いました。
今後ライズ&プレイがどのような体験を通してダイバーシティを実現させていくのか、注目していこうと思います。
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ライター keita0206
1992年福岡県生まれ。先天性四指欠損という、左手の指が生まれつき4本無い状態で生まれる。大学4年生の就活の最中、ママチャリ日本一周を思い立つ。大学卒業後は就職せずアルバイトで資金を貯め、2015年5月〜2016年9月までの約1年4ヶ月で、ママチャリでの日本一周を達成。その後クラウドファンディングにて旅の記録を書籍化。旅後は大阪で一人暮らしをするも、旅したい欲求が溢れ2022年7月〜12月にバイクで2度目の日本一周を達成。現在は自転車インド一周の旅に向けて準備中。
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