「るいちゃんのけっこんしき」――吃音に悩む妻の体験を絵本に
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ライター:飯塚まりな
吃音に悩んだ妻の実体験をもとに描かれた絵本「るいちゃんのけっこんしき どもってもつたえたいこと」(学苑社)。妻の言葉に、きだにやすのりさんから絵を添え、紙芝居から絵本へと変化させました。出版から8年。今回は「吃音とは何か」をテーマに、人との付き合い方、届けたい声を語りました。
ミクシーの投稿から絵本に
吃音は日本人の大人では約100人に一人、子どもでは約20人に一人いるといわれています。
症状の一つに「あ、あ、あ、ありがとう」と発音が吃ってしまい、自分の思いを伝えるまでに時間がかかってしまいます。
見た目には分かりにくく、誤解や偏見の目を向けられ、悩む人も少なくありません。
周囲の「緊張しないで」「ゆっくりでいいよ」などの声かけが余計にプレッシャーになることもあります。
現在きだにさんは、妻のわたなべあやさんと一緒に絵本作家として活動し、野菜や果物のキャラクターを通じて、挨拶や作法を伝える絵本が人気を集めています。
今回の取材場所は埼玉県の川口短期大学の図工室。明るい教室の中に手がけた絵本が並んでしました。「るいちゃんのけっこんしき」が出版されたのは2016年。なぜ吃音という題材を、夫である、きだにさんが描いたのでしょうか。
「当時、妻がmixiで吃音に関するブログを書いていました。内容がとても良くて、初めは紙芝居にして、それから絵本にしようと考えたんです。ちょうど、吃音のドラマが放送されていて、『今だ』と出版社に企画を持ち込みました」
話し合いを重ね、構成とラフを仕上げ、きだにさんにとって初の絵本が誕生しました。
吃音のリアルさを示す絵本
絵本は、吃音のため友達ができず、孤立していたあやちゃんが、クラスメイトのるいちゃんと親友になる物語です。成長したあやちゃんは、るいちゃんの結婚でスピーチに挑戦します。うまく話せず、涙ぐんでしまうものの、その思いはしっかり伝わり、るいちゃんはとても喜んでくれました。
発売後、たくさんの感想が寄せられ、「ためになった」「吃音のことを知ることができてよかった」と温かいコメントが届く一方で、「絵本という子どもの入り口に、ここまでのリアルは必要なのか」と戸惑いの声も寄せられました。
最後のあとがきには、主人公のあやちゃんが、スピーチをしたことで初めて人前で話すことを褒められたと書かれています。
読者としては「今までの苦労が報われてよかった」と思いますが、違う側面から読むと「大人になるまで認めてもらえなかったのか」とも取れます。
今もし、自分の子どもが吃音だったとしたら、将来を考えた時に、少しネガティブに感じられるかも知れないーーそんな結末でもありました。
この絵本は、単なる子ども向けではなく、吃音のリアルを伝える大人の絵本でもあります。
きだにさんは当事者側の視点から、吃音がどれほど複雑なものなのか。他の絵本では描かれない現実に挑みました。
「今、振り返ると“もっとこうしておけばよかった”と後悔する部分もありますが、出版したことで改めて、自分は当事者側に立って描いたのだと思います」と語りました。
家族として見守ってきた妻の葛藤
現在、きだにさんは大学生のお子さんが二人います。夫婦で気掛かりだったのは、子どもたちに吃音が起きないかということでした。
長女は2歳の時に一時、吃音が見られたそうですが、なるべく気にしないように過ごしていたとのこと。その後は何事もなく成長し、今ではおしゃべり好きな女子大生になりました。
妻・あやさんは子育て中、吃音の壁に何度もぶつかりました。
「子どもたちが小学生の頃は、まだ電話で連絡網を回す習慣がありました。特に、妻は電話が苦手で、僕が代わったこともあります。PTAの役員や保護者会は、とても憂鬱そうでした。人間関係が大変だったみたいです」。
筆談をして伝えることはなかったのか尋ねると、「そういう気持ちにはならなかったみたいです」ときだにさん。長年、吃音と向き合ってきたからこそ、大人になってまで自ら伝えようとするのは億劫だったのかもしれません。
ですが、何かしらの手段を使って周りに伝えなければ、どうしても孤立しがちになるのは逃れられないとも感じられます。ですが、自分の悩みや葛藤は本人にしかわかりません。
だからこそ、家族として大事にしてきたのは、常に「話しやすい存在であること」。言葉に詰まっても、相手が言い切るまで待つ。そうした姿勢を大切にし、安心して伝えられる家族関係でありたいと考えていました。
「発しないと、大したことと思われない」——だからこそ発信
「るいちゃんのけっこんしき」でも大人になっても、あやちゃんの吃音は残っています。
中には、ライフステージの変化によって吃音が消える人もいれば、変化が見られない人もいます。
「実際には、甘くない現実も伝えたかったのです。吃音は大したことがないと思われがち。でも、当事者にとってはそうではないから、知ってもらう必要があると思います」と力を込めました。
きだにさんは自分が活躍することで、少しでも妻・あやさんを喜ばせてあげたい。吃音の人たちに対して少しでも役に立ち、貢献できたら嬉しいと話していました。
この絵本が、誰かの不安を少しでもやわらげ、そっと背中を押せる存在になれたなら、それが夫婦の何よりの喜びです。
《取材を終えて》
絵本の世界では、実は残酷な現実が描かれていることが多く、どこか苦手意識がありました。『るいちゃんのけっこんしき』もまた、ことばにできない生きづらさが伝わってきます。
私の周りにも吃音の人がいますが、たとえ吃音という特性があっても、最終的には本人の性格や生き方によって、見え方も、感じ方も大きく違ってくるのだと感じます。
だからこそ、「吃音がある人」「配慮が必要な人」と枠でくくるだけではなく、自分自身が日頃からどう人と向き合っているかが問われているのだと思います。
「私のことをわかってもらえない」と感じる前に、「私は人としっかり向き合えているのだろうか」と、自問自答する姿勢を持つことも大切なのかもしれません。
人は多くの場合、他人の背景や苦しみに気づくのは難しく、他人を褒めることも意識しなければ通り過ぎてしまいがちです。
絵本ではページをめくるたびに、何度も問いかけています。
「あなたのクラスに吃音の人が近くにいたら、声をかけますか」
「あなたが吃音だったら、どうやって生きていきますか」
絵本は、誰かの痛みや努力を想像するための入り口。ただ、楽しいや悲しいではなく、もう一歩深いところで読んでみるといいのかもしれません。
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ライター 飯塚まりな
フリーライター/イラストレーター 近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。
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