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「諦める必要はない」失語症の花嫁とフリーウェディングプランナーの挑戦

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ライター:飯塚まりな

「もし結婚や結婚式を諦めているのであれば、諦める必要はない」

フリーウェディングプランナーの岩田美生さんは、今回の取材で何度もこの言葉を繰り返しました。その言葉の裏には、8年前にくも膜下出血で倒れ、失語症と左半身麻痺を負いながらも、結婚という夢を諦めなかった一人の女性との出会いがありました。

今から8年前、元レースクイーンで、レーシングチームのチームマネージャーとして働いていた西口友美さん(活動名:竹沢友美さん)は、大分県のサーキット場で倒れ、心臓マッサージを受けているところへドクターヘリが到着、緊急搬送されました。5分以上の心肺停止状態から奇跡的に一命を取り留めるも、首から下が動かせず、話すこともできない状態に。「私、生きていていいのかな」とベッドの上で涙を流した日々から、どのようにして結婚式という夢を実現するに至ったのか。

そして、「絶対にNOと言わない」をモットーに3000組以上の結婚式を手がけてきた岩田さんが、失語症の花嫁からの依頼を引き受けた理由とは――。

二人三脚の結婚式準備を追いました。

動かなくなった身体に絶望

2017年7月、華やかな衣装を着て仕事に打ち込んでいた西口さんは、くも膜下出血で倒れました。福岡の病院で奇跡的に一命を取り留めるも、1ヶ月弱後に意識が戻った時、首から下が動かせず、話すこともできない状態でした。失語症、左半身麻痺、左側空間無視、水頭症――重度の障がいを負いました。

入院されていた時期の写真
▲「私、生きていていいのかな」人生で一番どん底だった時期から、夢を取り戻すまで

「私の人生の中で一番どん底だった時期。もう死にたいと思っていました」

少しでも回復したいとリハビリに励むと、時間をかけてゆっくり右手を動かせるようになりました。今も震えが残りますが、スマホなどの細かい操作も指を使って一人で行えます。しかし、自宅のある東京の病院に移ってからも1年半ほど入院し、硬直した足の手術を受け、両足を伸ばすためにアキレス腱を移植するなど、困難な状況は続きました。

唯一諦められなかった夢「結婚」

長い入院生活を終え、車いす生活になった西口さん。仕事ができない、自分から外出することが難しい中で、絶対に諦められないことがありました。
「唯一、叶えたい夢が結婚することでした。思い切ってマッチングアプリを始めて今の夫に出会えたんです」

夫は障がいのある西口さんを受け入れ、二人の仲が深まるのにそう時間はかかりませんでした。現在はサラリーマンの夫と都内でマンション暮らし。婚約が決まる前、西口さんの家族は心配していましたが、今では熱意が伝わり心から応援してくれています。

そして次に西口さんが掲げた目標が「結婚式を挙げる」ことでした。

「車いすでは無理です」と断られて

エネルギッシュな西口さんは、一人でウェディング会社を探し始めました。しかし、いくつか条件がありました。

 ● オンラインでも打ち合わせが可能
 ● 失語症のため、必要な時はプランナーに自宅に来てもらいたい
 ● 障がいがあっても可能な式場を探せること

大手のウェディング会社に問い合わせますが、「全部打ち合わせはZoomでオンラインならできます」と言われ、自宅に来ていただくことができなければ、無理だと感じました。そこで、フリープランナーを探すことに。目に止まったのが株式会社Colorfraise「Amulet wedding」代表の岩田美生さんのプロフィールでした。

岩田さんと西口さんが準備している様子
▲「連絡が来ない日は心配してしまう」信頼関係を築きながら準備を進める二人

「岩田さんは、障がいのある新郎新婦の式も担当していて、経験も豊富だとわかり連絡しました」と西口さん。
岩田さんはすぐに「できます」と返事をしました。

「絶対にNOと言わない」理由

長年ブライダル業界の第一線で活躍してきた岩田さん。大手の式場にいたころ、様々な事情で「NO」と言わなければならない事案が多く発生した事もきっかけの一つとなり、独立を決意。

「大手の式場を辞めて独立するからには、大手ではケアできない要望や希望を持っている方々の結婚式が出来て初めて、自分が役に立つ事が出来ると思った」といいます。

しかし、障がい者の結婚式に関しては、取り組むことの難しさを感じ、一度は計画を保留した経験もあります。
「結婚式の前に生活なんだということが見えてきたんです。最低賃金の問題、生活の仕組みの問題。いくらパートナーと一緒に生活していこうと思っても、その壁にぶち当たる。もしかしたらニーズがあまりないのかもしれないとも思いました」

しかし今回、西口さんの依頼を引き受けた理由を岩田さんはこう語ります。

「結婚式は基本、一生に一回。障がいがあってもなくても、本当は結婚式をしたいと思っているけれど、何らかの事情で諦めようとしている方がいるなら、絶対あきらめて欲しくない。大手ではケアできないお客様を応対できることが、お客様にとって私の最大のベネフィットだと思うので、私が受けずに誰が受ける?まさに私がお手伝いするべきお客様だ、と思いました」

「段差がない」だけがバリアフリーじゃない

岩田さんが今回の結婚式で一番伝えたいメッセージ。それは「真のバリアフリーとは何か」ということです。

「世の中には『段差がないのでバリアフリーは完璧です』と謳っている場所が多いんです。私も昔はそう言っていました。でも、段差がないことだけがバリアフリーじゃないんです」

失語症の西口さんには、会話でのコミュニケーションに時間がかかります。トイレに行くのも1時間近くかかり、介助が必要です。装具を外してドレスを着るには、特別なリハビリが必要です。

「障がいといっても、症状は一人ひとり全然違うんです。LGBTQも同じで、性的指向や性自認がバラバラにある。一括りにできないし、全員それぞれ違うものに対して、個別に対応していく必要があるんです」

岩田さんは続けます。

「バリアはどうやったって生まれるんですよ。それをどう捉えて、どう対応していくか。それは障がいの有無に関わらず、すべての人にとって同じことなんです。平日休みの新郎新婦も、結婚式は土日にする方が多い。その場合、平日が休みのカップルには土日の結婚式がちょっとしたバリアになりますし、左利きの方なんてバリアだらけですし、大きさや程度の違いはあれど、誰もが何かしらのマイノリティを持っていて、何らかのバリアは皆抱えているのだと思います」

伝わらないもどかしさ、本音でぶつかる勇気

今年の5月にウェディングプロデュースの契約を結んで以降、二人の主なやり取りはLINEです。しかし、失語症の西口さんは伝えたいことや質問があっても、スムーズに口が動きません。さらに、右手の震えでタイプミスが多く、修正も困難。岩田さんには「読み取る能力」が求められました。

端的に分かりやすく伝えることは簡単ではなく、コミュニケーションが難航することが度々ありました。

そして、岩田さんが当初、多くのマジョリティのお客様に尋ねるのと同じように「結婚式の演出でやりたいことはありますか?」と尋ねると、西口さんは 「逆に私は何ができるの?」と聞き返しました。岩田さんはハッとしたと言います。

「倒れてからたくさんのことを諦めてきた西口さんの事実と初めて向き合いました。簡単に『これがやりたい』と選択できないことを痛感したんです」

岩田さんのプランナーとしての仕事ぶりを表す写真
▲前撮り写真に臨む二人に適切なアドバイスをする岩田さん

進行を決める中で、何より課題なのは式の間のトイレタイム。本来はお色直しのタイミングで行くのが一般的ですが、介助が必要で時間もかかる西口さんには難しく、何度も検討を重ねています。

「毎日、LINEで会話をします。西口さまからの連絡が頻繁に来るのが、今では当たり前で、連絡が来ない日は『何かあったのかしら!?』とこちらが心配してしまうほど」と笑顔の岩田さん。
西口さんは「岩田さんは本当にプランナーの仕事が好きな人」と語りました。真摯な姿で丁寧に寄り添ってくれる岩田さんに、深い信頼を置いていることが伝わりました。

歩いて伝えたい、感謝の言葉

今、西口さんは自身の手で結婚式の招待状を用意しています。手を動かしにくい状況でも、手作りサイトを利用しながら心を込めて作っています。

作業をしながら思い出すのは、倒れてから辛かった日々を支えてくれた家族や友人、仕事仲間の顔。温かい言葉をかけてくれ、そばで励まし続けてくれた人たちがいなければ、今の自分はいなかったかもしれないと、西口さんは思いを馳せていました。

「倒れてからも変わらずにいてくれたことを今でも感謝しています。しばらく会えていない人が大勢いるので、『私はこんなに元気になって、結婚もできて幸せになったよ』と結婚式で伝えたいです」

リハビリ中の写真
▲歩けるようになった姿を見てもらいたい。集中したリハビリが続きます

今回の結婚式には裏テーマがあります。それは「ドレスを着て、少しでも歩くこと」。いつもは衣類の上から装具を着けますが、式当日はドレスのため、装具を装着せず、歩く予定です。

これは西口さんにとってとても大きな課題で、集中してリハビリを行わなければなりません。

「当日は夫に肩を借りながら、みんなに歩けるようになった姿を見てもらいたいと思います」

"人と比べない生き方"をしていく

結婚式後も人生は続く――。西口さんが手にした第二の人生は始まったばかりです。倒れてからの8年を乗り越え、今の自分を認めてあげることで、支えてくれた人たちに感謝の気持ちを持てるようになりました。

「ずっと長い間しんどい思いをしたけど、今は『人と比べること』を辞めました。上を見ればキリがないから、自分がよかったと思う生活ができればそれでいいんだと思いました」

何より大切なことは「仲間」を持つことだと西口さんは言います。孤立せず、素直に自分の気持ちを伝えられる相手が一人でもいることで、穏やかに暮らせるのです。

結婚式の前撮りに臨むお二人
▲「人と比べることを辞めました」第二の人生を歩み始めた西口さん

最後に、読者へのメッセージをもらいました。
「人は普通に生きるだけで、本当に毎日頑張っていると思います。変に頑張ろうとしすぎないで、普通にいられるだけですごいことです。自分自身を大切にすれば、気持ちをわかってくれる人が必ずいると信じています」

ウェディング業界へ、そしてすべての人へ


岩田さんは、今回の経験を通じて業界に伝えたいことがあると言います。

「『こうあるべき』という結婚式の型に囚われすぎていると思うんです。それにより、誰もが好きな場所で、思った通りの式をすることを諦めなければならない人がいる。私が目指しているのは、誰もが「人」や「場所」や「バリア」にとらわれず自由に選択できる結婚式なんです」

そして、障がいのある当事者だけでなく、すべての人に向けてこう語りました。

「マジョリティの人たちの中にもバリアはあるんです。そこに変に囚われる必要はなく、程度や大きさの違いはあれど、どんなお客様にもそれぞれの違いがあり、それは個性の一つ。その方に寄り添い、必要な手助けやサポートを一緒に考え、個別に対応していく――それが本当のバリアフリーだと思います」

西口さんの結婚式は、来年2026年1月24日、丸の内で開催されます。 一体どんな式になるのか、岩田さんの腕の見せ所にもご注目。 式の模様は後日、改めてご紹介します。

[後編に続く]

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ライター 飯塚まりな

フリーライター/イラストレーター  近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。

ブログ
https://note.com/maaarina0414/n/n3cd180f64235
公式HP
https://www.facebook.com/marina.iizuka.9/?locale=ja_JP

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