パラダンスポーツで開花「病人ではない、元気な私を見て!」表現者としての一歩 梅津絵里さん
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ライター:飯塚まりな
パラダンスアスリートであり、難病全身性エリテマトーテス(SLE)と向き合う梅津絵里さん。昨年11月21、22、23日スロバキアで24カ国が出場したパラダンス世界大会へ挑み、「表現者」としての学びや海外選手との交流を語っていただきました。
「やってみたい」気持ちを逃さず、新しい世界に飛び込む
昨年12月、年末の忙しない雰囲気が漂う都内の夕方、カフェに訪れてくれた梅津さん。「このお店は来たことがあるんです!」と気さくに笑顔で話してくれました。
パラダンスに出会う以前、車いす女性3人でのユニット「ビヨンドガールズ」として歌と講演を行い、車いすインフルエンサー、タレントモデルとして多様な場面で活躍し、障がいや難病を患う人たちへ勇気や希望を届けてきました。華やかな雰囲気と感受性豊かな人柄が愛され、少しずつ活動の幅が広がっていきます。
23年、障がい者タレント事務所から「ミュージカルに出てみないか」と声をかけられ、参加することに。車いすモデル役で出演したところ、関係者からパラダンスへの誘いが舞い込みます。
時に優雅に、時に激しく情熱的なパラダンスは、障がいの有無に関係なく参加が可能なスポーツです。

▲優雅で情熱的なパラダンスの演技。小学生から18歳までバレエで培った表現力を競技に活かす
競技者のことを「ドライバー」と言い、ドライバーをサポートするパートナーを「スタンディング」と呼び、障がいによって出場するクラスが変わるのだとか。
「小学生から18歳までバレエを習っていたので、パラダンスで改めて表現の楽しさを感じました」。
そこからたった1年半で世界大会に出場することに。バレエに打ち込んだ下積み時代が開花されました。でも、世界大会への出場には迷いがあったと言います。
「昨年の夏から右肘に痛みがあり、日本とヨーロッパの長距離を往復することも体力的に厳しく、正直迷いました。でも一生に一度のチャンスと思い決意を固めました」。
国を背負った大舞台で
ネットで梅津さんを検索するとメディアでの出演がとても多く、「子どものいない人生を選んだ」「辛い自分を認めてあげてほしい」と周りを配慮しながら自分の思いを伝える素直さが印象的です。
スロバキア大会には梅津さん以外に男性選手が1名出場し、それぞれシングル部門で競いました。グループ毎に競技を行い、勝ち残れば決勝に進む仕組みです。今回、梅津さんは1回戦で敗退しました。
「当日は、サッカーのスタジアムの熱気みたいに会場が大盛り上がりで、やはり日本人はシャイな人間だと感じて(笑)海外の人たちのノリや、雰囲気に飲まれてしまい圧倒されていました。今回は満足できない結果で、この悔しさをバネにブラッシュアップして次に挑みます」。
出場を決めて一ヶ月半、新しいフリーの演技は覚えるだけでも必死だったはず。梅津さんは「表現者の私を見てもらえたことが嬉しかった」と前向きでした。

▲世界大会の会場で。「表現者の私を見てもらえたことが嬉しかった」と語る梅津さん
さらに今回は以前から憧れている推しの選手に会い、イスラエルの選手トメール・マルガリットさんに「あなたのファンです!」と声をかけたとか。選手同士で写真を取り合い、ハグをするなど喜びを讃え合いました。
一方で、世界で今戦争をしている国々の選手も出場し、複雑な思いをしながら躍る彼らを前に考えさせられる場面もあったと言います。
「とても困難な状況の中でも、大会のために練習を続けてきた人たちがいます。ジュニア部門もあるので、子どもたちの間でも国同士の葛藤があるようにも感じました。ですが、私たちは言語が話せなくてもダンスが好きということは共通していて、互いに分かり合える部分があります。ダンスを通して平和が保たれてほしいと願いました」。
人生山あり谷あり、家族と夢を追いたい
梅津さんは秋田県出身。現在は夫と二人暮らしで、発症前はエアロビの講師や幼稚園の教諭をしていました。
2005年、20代後半のときに、突如身体に湿疹と倦怠感が現れました。いくつもの検査を得てSLE と診断されます。
当時は夫婦で熱心に打ち込んでいたサーフィンができなくなり、仕事も退職。28歳から34歳までほぼ寝たきりの入院生活を送り、ベッドから起き上がることすら困難な時期を過ごしました。
一時は飲み込みや嚥下ができずに胃ろうの手術を受けるなど、壮絶な体験をされています。

▲28歳から34歳まで寝たきりの入院生活を送った梅津さん。夫は当時から寄り添い続けてくれた
「本当なら今頃は子育てをして家族旅行に出かけるなど、楽しい生活を送っていたはず。そう思うと悲しいですし、今でもふと考えることがありますが、もし病気にならなければ夫に対してこんなに愛情を持てただろうかと思います」と胸の内を話しました。
さらに梅津さんを支えてくれるのは5歳年上の姉の存在です。今回のスロバキア大会では梅津さんに身の回りの世話やサポートで同行しました。
大会の道中でトラブルがなかったか尋ねると「トイレが壊れた!」と笑っていました。
「現地の会場にあるトイレの数が少なく、多目的トイレで心もとない手すり付いていないので不便を感じました。便座がボルト2本で止められているだけの昔ながらのトイレでした」と振り返ります。
本来、便座に座るには車いすから何かしらの方法で立ち上がり、人によっては少しずつ身体をずらしながら座るわけですが、便座に手を着いて移乗をしなければなりません。
「仕方ないので私の場合は姉を柱に、身体にしがみついて座りました。今後はバリアフリーでない場合を想定して、筋トレして鍛えておかないと」と笑顔を見せます。
日本からスロバキアまでは約15時間。長距離の移動は心身共に疲れをピークにさせました。帰国時に飛行機の中では体調を崩し、悪寒がしてブルブル震えてしまったといいます。
「姉がそばにいてくれて本当によかったです。スロバキアまで一緒に来てくれて感謝しましたが、うっかり私がわがままばかり言って、怒らせないように気をつけましたね(笑)」。

▲「姉がそばにいてくれて本当によかった」。スロバキアで姉と共に過ごした時間を振り返る梅津さん
お姉さんの渡航代はご主人の協力があり、姉妹で日本とスロバキアの往復旅は無事に成功。しばらくは疲れが残りましたが、ゆっくり身体を休め回復しました。
「私が夫にとって『誇らしい妻』であってほしいです。これまで諦めなくてならないことがたくさんあったから、夢を追う私を彼は見守ってくれています。申し訳ない気持ちもあるし、順風満帆ではないけれど、それは健康な人だって同じ。今、私ができることは家族や支えてくれる人たち、日本の選手として応援に応えることです」。
大会に出られなくなっても、役に立ちたい
やりたいことにただ突っ走るのではなく、支えてくれる人へ恩返しをしたいという思いも持ち合わせ、近い将来はコンビ競技に挑戦したいと語りました。
「一人の練習も楽しくやりがいを感じるものの、モチベーションを一人で保つには難しいです。同じ目標に向かうスタンディングに出会えれば、さらに表現に磨きをかけられると期待しています」。
ただ、体調面を考慮すると競技を続ける厳しさがある事実も。さらに競技用の車いすは通常の車いすとは違うため、今後はできるだけ身体に負荷がかかりにくい車いすを選ぶなど工夫が必要です。
SLEは腕や腰、関節の痛みが出やすい症状のため、梅津さんは大会に出場ができなくなってもパラダンスには関わりたいと考えていました。

▲ミュージカル出演後の写真。今後は普及活動にも力を入れ、「子どもの時からパラスポーツを知ってもらえたら」と語る
「今後はパラダンスを紹介するイベントや、講演会など普及活動に踏み出せれば嬉しいです。子どもの時からこういったパラスポーツがあることを知ってもらえたらいいですね。興味があればぜひ体験に来てみてください」。
梅津さんが所属する一般社団法人日本パラダンス協会は、現在新しいメンバーや選手のサポートをするボランティアを応募しています。
最後に読者へメッセージをいただきました。
「自分がやってみたいと思うことに、1%でも可能性があればトライしてほしいなと思います。たとえ挫折しても大体のことがやり直せますし、私もパラダンスを始めて世界の人とつながり、踊りの文化・歴史に触れられました。好きなダンスで自己表現ができることが1番の喜びです」。
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ライター 飯塚まりな
フリーライター/イラストレーター 近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。
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