アート雇用で働いた僕「言いたいことが伝わらない」――田村健さん
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ライター:飯塚まりな
絵が好きな人にとって「アート雇用」は魅力的な職種。「絵を描く仕事ならやってみたい」と思う人が多いはず。でも、実際に絵を描いて仕事をするとはどういうことなのか。アート雇用で働いた経験がある自閉症スペクトラム(ASD)のアーティスト田村健さん(29)に話を聞きました。
好青年のアーティスト
2月上旬、浅草橋のカフェに現れた田村さん。すっきりとした身のこなしと、穏やかな人柄は好青年な印象です。
田村さんの作品はすべて手描き。アクリル絵の具を使い、作品全体はポップで色鮮やか。制作時は手を抜かず全神経を集中させ、一本一本の線を緻密に描きます。見る者を自然と楽しい場所に連れて行ってくれる作風が持ち味です。

▲フラミンゴの作品は自信作
ラフの段階から色の試し塗りを行い、納得する色を見つける。絵のモチーフは動物や風景画、学生時代に記憶する懐かしい思い出が見事に表現されています。
「僕にとって絵を描くまでの工程が大事。本番ではリアルすぎず、デフォルメしすぎないよう意識して描きます」。
3歳から絵を描き、高校生の時から本格的に制作活動を開始。初めて手がけた仕事は、恩師の知人がネット上で発売した本の表紙でした。
2016年、当時は障がい者雇用で銀行系列の企業に勤める傍ら、障がい者アートを運営する一般社団法人 障害者自立推進機構パラリンアートにアーティスト登録。そこではクレジットカードやカレンダーのデザインを担当し、少しずつ自信を付けました。
「自分一人では挑戦できない経験にやりがいがあって。アーティストとして自立したい思いが強くなりました」。
現在は都内のグループホームで生活。一部屋を与えられ、そこで制作活動を続けています。
アート雇用で採用されるが...
その後、障がい者雇用を行う人材派遣会社でアート雇用され、同じ特性を持つ人たちと制作する日々。しかし、社内の事情で部署が閉鎖します。
ふたたび映像メディア系企業のアート雇用で採用され、大手出版系列企業から依頼を受けて作品制作に携わりました。しかし、業務縮小でたった一年で部署が廃止。昨年の秋に仕事を失いました。
働いた2社は、いずれも事業部門の閉鎖によるもの。田村さんの話から、大手企業であったとしても、アート雇用の部署を安定して継続させる難しさを感じます。
というのも、企業内アートは社内案件を中心に名刺デザインやノベルティグッズなどを制作するため、収益を直接生まないことは事業の優先順位から落ちやすいのです。
アート雇用をする全ての企業がそうではないですが、企業側は障がい者の法定雇用率を満たしても、働く実態が伴わないのが現実。
辞めたいわけではないのに、同じ職場にとどまれないことが、とても残念です。
絵で収入を得るとは

▲繊細さと優しさが伝わってくる
一方で「自分にも課題があった」と田村さん。社内でクラフトコーヒーのパッケージデザインを依頼され、コーヒーの品種や産地を調べて描いたものの、担当者のイメージと合わなかったのだとか。
「もっとコーヒーらしい絵がほしい」。
担当者は「産地の名所や風景を描いても、コーヒーだと一目でわからない。コーヒー畑やカップなど、もっと“コーヒーらしさ”がほしい」とコメントします。
しかし商品は複数の産地ごとに展開されており、それぞれ異なる絵が求められていました。すべての作品にコーヒー畑やカップを描けば差別化が難しくなる――そう考え、田村さんは戸惑います。
「僕の場合、人の言葉を理解するのに時間がかかり、曖昧な表現だと余計に難しい。相手の真意を理解ができず混乱することが多いです」。
絵を完成をさせるまでにかけた時間や労力が一瞬にして、水の泡になるのは避けたい。話し合いを願い出ましたが、担当者は忙しくて時間が取れないまま。その後は、絵を描く仕事自体がなくなっていきました。
しかし、これは障がい者アートに限らず、一般のアーティストやイラストレーターにもよくあること。依頼する側の考えをどれだけキャッチできるかは課題です。
現在、田村さんは就労移行支援事業所に通いながら、次のアート雇用先を検討していますが、2社で働いた経験から慎重になっていました。

▲小学生だった頃を思い出す作品
困っているのに気付かれない自分の姿
「僕の障がいは、困っていることが見た目ではわかりにくいこと」。
子どもの頃からコミュニケーションが難しく、友だち作りや大人との会話に苦労してきました。
田村さんの立場で想像すると、つらい気持ちになります。
障がいがあり、自分の気持ちをうまく伝えられずに、仕事をするということ。
仕事中は、相手からの具体性のない指示が理解できず、なんとなくこうかなと確信が持てないまま、作業を続けてミスを連発。
「わからないことは、質問して」。でも、その場の空気感や指導を受けた相手からの発する雰囲気に声をかけられなくなる。
タスクの優先順位が付けられず、頭の中が真っ白になる事もしばしば......。
私生活では役所で支援の相談をすると、求めていた答えが得られず、モヤモヤしたまま帰宅。担当の相談支援員に「グループホームを出て一人暮らしをしたい」と相談しても、話が進まないなど悩みが尽きません。
「切羽詰まっている状況を、自分なりに伝えようと努力はしているけど苦労します」。
事前に時間がある場合は、自分で伝えたいことを先に文章化し、印刷物で相手に見せる。それでいくらかスムーズに、気持ちが伝わった経験もあったそう。
しかし、その場で起きる困りごとに関しては、自分で判断して言葉にしなくてはならない。今でも必死な努力が続きます。
叶えたい夢は児童書の表紙
田村さんは定期的に、都内や出身地の横須賀周辺で個展を開催。家族をはじめ、絵を通して出会った人たちがアーティスト活動を応援してくれます。多くの人の目に作品が触れてほしいと、絵だけでなく、カレンダーやポストカードなどのグッズ化も行っています。

▲クリアファイルからカレンダーまで、グッズは多岐にわたる
作品を見ていると、どこか懐かしい気持ちになるのはなぜか。
作品のインスピレーションは、幼い頃に見ていたNHK教育番組「おかあさんといっしょ」、絵本、漫画、アニメ、児童書でした。キャラクターの個性や愛らしさは、むやみに人を傷付けず、大人になる上で大事なことを教えてくれます。
「純粋でピュアな世界観に惹かれ、大人になってからはより一層、好きになったかもしれません」。
安心できる居場所の一つが絵本の世界。今でも図書館に行くと、絵本コーナーへ行き、自分が読んだ懐かしい絵本から作品のアイデアを取り入れます。
「今後の夢は、10代の子どもたちが読む児童書に表紙や挿し絵を描きたいです。子どもの感性を育てられるような作品を残していく。そんな役割を担えたら嬉しいなと」。
田村さんの純粋な思いが込められた作品が、未来の子どもたちの心の拠り所になるかも。そんな日が来ることを願いました。
編集後記
私が取材で田村さんに出会ったのは2年前の夏。しばらくして企業のアート雇用で内定をもらったと嬉しい報告がありました。しかし特技がありながら一年で退職とは厳しい現実です。
自分の特技をうまく活かせる仕事を見つけるのは、障害のある人にとってそう簡単ではありません。
田村さんの絵に描かれている人物たちはいつも笑顔。コミュニケーションは苦手でも、一人でいたいわけではない。本当は優しい人たちに囲まれて、心地よく暮らしたい彼の気持ちが表現されていました。
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ライター 飯塚まりな
フリーライター/イラストレーター 近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。
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