脳性まひのエンジニア・本間一秀さん ――「誰かの役に立ちたい」、プログラマーという選択
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ライター:飯塚まりな
福祉園から一般就労へ
先天性の脳性まひがある本間さんは、テクノツール株式会社のソフトウェア開発のプログラマーとして働いています。社歴はすでに25年を迎え、長年在宅ワークでパソコンに向かい、視覚障害者のための点字文章作成ソフトなどを開発しています。

▲インタビューに応じてくださった本間さん
そんな本間さんは子どもの頃から特別支援学校で過ごし、高校卒業後は福祉園に入りました。
福祉園とは、障害がある方々が地域で生活できるよう支援する福祉施設であり、利用者の状況に合わせて食事や入浴、創作活動、訓練などを行っています。
本間さんは手足が不自由ですが、小さい頃から「自分でできることは何でもやりたい」と思っていました。口数は少ない方でしたが、大人になるに連れて健常者のように働きたい気持ちが芽生えます。
「その頃の風習は、障害者は福祉園に入るのが一般的でした。親の負担を軽減するための目的もあったと思いますが『ここから出たい』と両親を説得しました」。
一方で本間さんのような障害がある多くの方は、福祉制度を利用し、安定した生活を整えることもできたはず。その選択を捨ててまで、飛び出した思いは何かー。
「僕は人として生まれたからには、誰かの役に立ちたかったです」と言葉に重みを感じました。
生まれた時から長年、周りの人に支援をされ「頼る」ことが多かった本間さんは、決して制度に甘んじることなく、支援だけの世界から逸脱して行く覚悟がありました。

▲本間さん青年時代のお写真
プログラマーの道を見つけて
しかしどんな仕事に就いて、人の役に立つのか。
当時、PCが黎明期で普及し始めた頃、本間さんは「パソコンならできるかも」と期待を持って、独学で必死に学び始めました。
福祉園を離れて間も無く、区の広報誌に入っていた「福祉のしおり」を開くと2年間で技術を取得するパソコン講座の受講生募集が目に飛び込みます。
30人の応募者の中から受かるのはたった5人。見事合格し、受講が始まりました。
パソコンの技術や勉強は決して簡単ではなく、時間がかかっても諦めずに挑戦しました。
高校生の時から興味を持って学んだパソコンの知識もあり、なんと本間さんは1年目で情報処理試験の国家試験に合格し、周囲を驚かせました。
テクノツールとの出会い
そうした中、テクノツール株式会社との出会いがありました。パソコン講座の講師に声をかけられ、本間さんは入職を希望します。
テクノツールは1994年に創業以来、重度肢体不自由者に向けて支援機器やアームサポート、点字編集のソフトウェアを製作・販売している企業です。
たとえ障害者であっても「戦力として働ける人は採用する」と一般雇用で本間さんを採用。当時は企業が障害者を雇用する環境はほぼ整っていませんでした。
その頃の社会状況を考えると、本間さんがテクノツールと出会えたのは「行動によって繋いだ縁だったのかもしれません。

▲社員と談笑する本間さん
本間さんは入社後、プログラマーを担当。始めの数年は契約社員で勤め、1999年から念願の正社員になりました。
「僕の場合、指一本でキーボードを押して作業をするので、人の5倍以上の時間がかかります。業務は点字の文章を作るための編集システムの開発と改良を続けています」と努力を怠りません。
自分のペースで確実に仕事にする姿は、確実に周りの信頼を集めていきました。
次第に「会社の象徴的な存在」と呼ばれるようになり、社内では唯一無二の存在と成長します。
月に一回の出社が大事
現在、本間さんは月に一度会社に出社しています。
「入社してから10年ほどは、社員が時々自宅に来てくれましたが、次第に電車に乗って出社する日を作るようになりました」と話しました。
自宅から会社まで電車通勤で2時間半。遠方で、毎日の出社はできません。確かにリモートワークであれば、身体の負担は少なく、通勤時のアクシデントなども心配ありません。メリットは多いですが、あえて言うなら一つ課題が......。
「毎日、自宅で仕事をしていると社内の雰囲気が掴めないと感じることがあります。本当は、直接顔を見ながら打ち合わせをする方がスムーズなのでしょうが難しいですね」。
またオフィスにいることができれば、同僚とたわいのない雑談ができますが、在宅での仕事は孤独に感じることもあります。
月に一度の出社日は本間さんにとって特別な日。出勤は保険外福祉支援サービスを行う株式会社クラウドケアのヘルパーに同行を依頼し、自宅から会社まで向かいます。

▲本間さん出社の様子
出勤日のサービス利用費用は会社負担で助かる一方、散髪や病院の通院などプライベートなことでクラウドケアを利用する場合は全て自己負担のため、頻繁に利用はできません。
以前は一人で移動していた本間さんですが、現在は持病の悪化で介助者がいないと不安を感じると言います。
「ヘルパーさんと『今日は晴れていて気持ちがいいですね』など、会話しながら通勤しています。会社側には通勤ラッシュに巻き込まれないよう、配慮してもらい14時に到着しています」と話していました。
気分転換にもなり、家族以外の人と話す貴重な1日を本間さんはとても大事にしていました。
必要なことは遠慮しないで伝える
仕事を円滑に進める上で大切にしていることを聞きました。
本間さんは「自分の考えや意見は、遠慮せずに伝えるよう心がけている」と話しました。
昔は自分の思ったことを口に出すことは、ほとんどなかったと言います。社会人として年齢を重ね、少しずつ考え方も変わっていきました。
「言語障害があることでうまく話せず、誰にもわかってもらえないことが何度もありました。悔しくてどうしようもない気持ちになる経験をしたからこそ、必要なことは話すようにしています」と語りました。
プログラマーとしての成長
今後もテクノツールの社員として、活躍する本間さん。ここ近年でAIが一気に進化し、付いていくのに必死だと話します。
「この業界は日々急速で進んでいきます。プログラマーが若い人ばかりと言うのも納得です。新しい技術を覚えることは大変ですが、できる限り頑張ります」と笑顔でした。
子どもの頃から何度も壁を乗り越え、選んだ道は「プログラマー」という未来を作る開発者でした。
今後、ますます本間さんの存在は、障害のある人たちの希望の光になることでしょう。
編集後記
取材中、本間さんの話を聞きながら「私なら諦める」と思いました。
相当な覚悟と決意を持って、制度の枠から飛び出した本間さん。今よりも障害者の人たちが職業に就けなかった時代に、なぜ彼が人生を変えられたのか。
「人の役に立ちたい」という純粋な思いが奇跡を引き寄せたこと、そして仕事を続ける努力は並大抵ではないと思います。
取材中、私がうまく聞き取れない場面があり、負担にならないか気がかりでした。それでも本間さんは「大丈夫です。何度でも聞いてください」と優しく返され、話すことを楽しまれている様子が伝わってきました。
対話とは、どちらか片方が話すのではなく、お互いに思いや考えを話しながら作り上げていくのだと改めて教えられたインタビューでした。
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ライター 飯塚まりな
フリーライター/イラストレーター 近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。
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