【講演レポート】聞こえない僕が社会で活躍するために 難聴のラガーマン 大塚貴之さん
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ライター:川満俊
コミュニケーションが重要なチームスポーツにおいて、耳の聞こえない選手が活躍するためにどのような努力や工夫があったのでしょうか。また、ラグビーを通したさまざまな経験は、社会で活躍する上でどのように活かされているのでしょうか。
それらを知ることは、耳が聞こえる人でも、スポーツをしない人でも、社会で生きていくためのヒントになるはずです。
2021年8月24日に、当社・ゼネラルパートナーズが運営する就労移行支援事業所「atGPジョブトレ大手町 聴覚障害コース」で、難聴のラガーマン大塚貴之さんをお招きした講演イベントを開催しました。重度の聴覚障がいがありながら全国屈指の強豪である帝京大学ラグビー部で活躍した大塚さんの講演や、参加者も交えたディスカッションを通して、障がい者が社会で活躍するための考え方について理解を深めました。
個性を活かして活躍するためのヒントが散りばめられたイベントを、レポートでお届けします。
読唇術では、方言が読み取れない!
大塚さんは4人兄弟の末っ子として大分県で生まれました。先天性感音性難聴のため、生まれながらにして耳が聞こえません。
小学4年生の時にタグラグビーに出会い、高校では県内で2番目の強豪ラグビー部へ入部。3年時にはキャプテンを務め県大会決勝へ進出し、45年連続で全国大会に出場する強豪校に7点差まで迫りました。
聴覚障がいがありながらも、大好きなラグビーで実力をつけ、日本有数の強豪である帝京大学のラグビー部に入部した大塚さんですが、そこでコミュニケーションにおける大きな挫折を経験しました。
「日本一の強豪大学なので、全国から選手が集まっていました。僕は読唇術を学んできましたが、触れたことのない方言、たとえば鹿児島弁を読み取るのは不可能です。コミュニケーションを諦めた瞬間がありました」(大塚さん)
全国から集まる部員とのコミュニケーションに挫折し、苦しい時期を過ごした一方で、この経験から大切なことを学んだといいます。
「コミュニケーションは、お互いのために取るものだと思います。もしかしたら日常生活の中で、筆談をしてもらうのは相手に申し訳ないと思う人がいるかもしれない。でもそこで遠慮してしまったら、相手もコミュニケーションが取れず困ってしまいます。自分ができるコミュニケーション方法を提示して、相手もそれができるのであれば歩み寄りが必要だと思います。筆談をした方がお互いのためにいいと思うのです」(大塚さん)
このお話に対して、参加者から「最初のうちは頑張って話しかけても、聴者の筆談も大変そうなので話しかけるのをやめてしまうんです。結果的に自分が落ち込んでしまうので、対処法があれば教えていただきたいです」という質問が投げかけられました。
「僕の経験上、お願いする側が自信を持っていないと相手は答えてくれないときがあります。相手にとってプラスになるような魅力が自分の中にあれば、相手は受け入れてくれると思う。
相手の方にも◯◯さんがいないと困る仕事があると思います。それに加えて、相手の方は筆談をするときに長く書かなければいけないと思っているのかもしれません。筆談のやり方が分からないのであれば、クリア、ショート、シンプルの3点を意識するよう相手に伝えてみるのもいいと思います」(大塚さん)
自分のことを知り、新しい武器を探す
新卒で入社した企業で人事として働いていた大塚さんは、社員とのコミュニケーションの中で「自分のことを説明する」ことの重要性を感じたそうです。
「僕は電話ができませんが、その代わりにメールはできますと伝えていました。他の社員は答えを早く知りたいから電話をする。でも僕はメールで詳しく、早く返信をする。その信頼の積み重ねで、ちょっと時間がかかっても構わないから大塚に聞いてみようと思われています。こうやって自分のことを説明できるように、自分のことをよく知っておくことは社会で活躍するために大切なことです」(大塚さん)
自らの経験を明るく前向きに語る大塚さんは、今回の講演においても自分の強みを活かすための工夫を取り入れていました。
「みんなに話を長く聞いてもらうためにフランクに話そうと思いました。真面目な話をしても笑いが取れないから(笑)。コミュニケーション以外の部分で武器となるものを探して、「フランク」な面を活かせることに気がつきました。コミュニケーションが苦手なら、それをカバーするために自分の他の武器を探すことが大切です。どこかに新しい武器が隠れているかもしれません」(大塚さん)
「自分を知ることの大切さ」を、ラグビーというチームスポーツに没頭する中で常に感じてきた大塚さん。それぞれが自分自身の強みについて知り周囲に伝えていくことで、力を発揮できる場所に巡り会えるということを、力強くお話ししてくださいました。
「ラグビーは15人でやるチームスポーツです。スクラムを組む人、ボールを取る人、蹴る人、考える人。体が小さくてもできることがあります。僕は足が速いので、僕の強みを活かしたポジションで、活躍できるようプレーしています。社会も同じです。社会の中には色々な役割があって、皆さんの個性が活かされる場所が必ずあります。それを見つけることができるよう、今後も皆さんの活躍を応援しています」(大塚さん)
個性を活かして社会で活躍するために
大塚さんの明るく前向きな声かけに参加者からは質問が飛び交い、イベントは終始和やかな雰囲気で進みました。
レポートの最後に、とても印象的だった質問とその回答をご紹介したいと思います。
障がいの有無に関わらず、他者と関わって生きていく上で常に心に留めておきたいお話です。
参加者からの「ラグビーは協調性が重要だから大変ではないですか?」との質問に、大塚さんはこう答えました。
「コミュニケーションは大切ですが、ラグビーに言葉は必要ありません。例えば僕がボールを持って相手にぶつかります。負けそうになったら仲間が後ろでサポートしてくれるんです。逆に仲間が負けそうになったらサポートに行く。そういうことによってお互いに助け合う精神が生まれます。難しいことではありません。誰かが困っていたら助ける。逆に自分が困っていたら助けを借りる。それだけです」(大塚さん)
自らのことをよく知り、自信を持ってコミュニケーションを取る。困っている人がいれば力になり、自分が困った時には人に頼る。当たり前のことかもしれませんが、これらのことに愚直に取り組み、自らが輝ける場所を探し続けている大塚さんの熱い言葉に、勇気づけられました。
大塚さんは現在も、
①デフラグビーのアジア大会を開催すること
②全国の聾学校の授業にタグラグビーを導入すること
の2点を今後の目標に掲げ、精力的に活動されています。
興味がある方は、個性を尊重しお互いを活かし合うラグビーの世界を体験してみてはいかがでしょうか。
今回大塚さんをお招きした就労移行支援事業所「atGPジョブトレ大手町 聴覚障害コース」についてはコチラをご参照ください
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ライター 川満俊
1992年生まれ。身近な人が発達障害の診断を受けたことをきっかけに、福祉領域に関心を持つ。ライターの他、動画ディレクター・編集者や出張料理人としても活動。 Twitter: https://twitter.com/shun_kawamitsu
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