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全盲のWEBアクセシビリティ担当者に聞く。ANAユニバーサルスタンダード検定で、当事者が講師を務める意義とは。

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ライター:aki

小学校に上がるころには光を感じる程度の見え方だったという小林崇さん。現在は光も全く感じない全盲だといいます。
小林さんは、ANAグループの特例子会社、ANAウィングフェローズ・ヴイ王子株式会社(本社:東京都大田区羽田空港、以下ANAウィングフェローズ・ヴイ王子)で働いています。
所属は、Universal Standard Consulting事業部(ユニバーサル・スタンダード・コンサルティング事業部。通称USC事業部)です。小林さんは、WEBサイトが誰にとっても使いやすくなっているかを検証する、WEBアクセシビリティの担当者です。
全盲の小林さんがWEBアクセシビリティの仕事をするようになった経緯。そして、小林さんを含め複数の障がい当事者が講師を努めるANAウィングフェローズ・ヴイ王子の「ANAユニバーサルスタンダード検定」について、お話をうかがいました。

機械いじりが好きで、視覚支援学校で時計を逆回転させるイタズラ

「電気製品を直したり、車やバイクのエンジンをいじったり、機械いじりは子どものころから好きでした。
視覚支援学校小学部のころ、教室の時計を逆回転させるイタズラをして、先生を驚かせていました」

大人に“無理だ”と言われると意地になって解決策を見出すような子どもで、機械や音楽など、法則性や理論のあるものに魅力を感じてのめりこんでいたという小林さん。
機械と音楽が好きなのは今も変わりません。最近では、真空管オーディオをフリマサイトで手に入れ、修理して音楽を聴くのも好きだそうです。

「あとは、食べるのが好きなので家事は料理担当です。妻が主に片づけを担当しています」

視覚障がい者向けの車やバイクの運転体験のイベントにも参加経験があり、最近ではブラインドサーフィンにも興味があるという小林さん。もの静かな第一印象とは対照的に、活動的でチャレンジ精神旺盛な方です。

空港の夜景を背景に、笑顔で話す小林さん。
▲空港の夜景を背景に、笑顔で話す小林さん。

パソコンを触り始めたきっかけは、中学時代の技術の先生の言葉でした。
「これからはコンピューターが視覚障がい者の大きな武器になる」と、授業に取り入れ積極的に触らせてくれました。まだ80年代後半で、Windowsが出るよりも前のことです。
プログラミングで音楽が演奏できる機能に夢中になり、わずか1週間でキーボードの配列と基本的な使い方をマスターしたといいます。

その後、工学系の大学に進み卒業。ちょうどその頃にインターネットが普及しはじめ、機械やオーディオの入手のために個人売買の掲示板を使い始めます。

「メールや掲示板の利用のために、プログラミング以外の日本語入力や漢字変換を覚えました」

音声読み上げソフトのユーザーサポート職で、WEBアクセシビリティに詳しくなった

大学を卒業後、小林さんは、音声読み上げソフトのユーザーサポートの仕事をしていました。
電話でのサポート業務のほかに、自治体での音声読み上げソフト導入時に、現場に行って技術サポートの対応をしたり、視覚障がい者の立場で音声読み上げについての講演をしたりする機会も増えていきました。

「同じ視覚障がいでも、見え方には個人差があり、パソコンがどうなっていたら使いやすいかは人によって違うんだと、あらためて実感しました」

これらの業務を通してWEBアクセシビリティに詳しくなっていった小林さんは、徐々に「WEBアクセシビリティをメインにした仕事に就きたい」と考えるようになります。
ちょうどそのころ、知人から「障がい者向けの転職エージェントでぴったりな求人がある」と教えてもらったのがANAウィングフェローズ・ヴイ王子でした。2018年のことです。

「希望していたWEBアクセシビリティの業務だったので、すぐに紹介してもらいました。会社のホームページで“社員の声”を読んで、“社風も自由な感じでいいな”と思い、応募して採用になりました」

小林さんのWEBアクセシビリティの主な実績は、ANA予約サイトのユーザビリティ診断や、社内業務サイトの検証など。ANAグループ外のWEBサイトの検証も実績があります。
改正障害者差別解消法の施行で、WEBサイトのアクセシビリティの確保は、ますます重要性が増すと考えられます。

「視覚障がい者にとっての『音声読み上げ』も大切ですが、WEBアクセシビリティは、目で見てわかりやすいことも大切です。ですから、晴眼者の担当と組んで仕事をします。一人だけでできる仕事ではないのです」

小林さんは、イヤホンをつないで音声読み上げでパソコンを使います。
▲小林さんは、イヤホンをつないで音声読み上げでパソコンを使います。

また、現在は事業部内のWEBアクセシビリティ以外の業務も担当しています。主な業務のひとつが施設検証です。

「各地のANAグループの空港内施設や、系列の宿泊施設などに行き、障がい者にとってバリアはないかを検証します。グループ外のクライアントの施設も要請があれば対応しています。
私の場合は点字ブロックの敷設位置や点字の“触知案内板”の位置などを検証します。要望に応じてチーム内のほかの障がいのメンバーとチームを組んでおこないます」

もうひとつの主な業務がセミナー講師です。
USC事業部では、様々な障がいの当事者が企業向けのセミナー講師を努めます。それぞれの立場で障がいについての理解を深めてもらうきっかけになっています。

「オンラインでやる場合も、現地に行く場合もあります。多い時には毎週1回はセミナー業務を担当します」

新たにはじまった「ANAユニバーサルスタンダード検定」とは

USC事業部ではANAグループ内部に向けて、2024年7月から社内研修として「ANAユニバーサルスタンダード検定」を始めました。4月に障害者差別解消法が改正され、民間企業でも合理的配慮の提供が義務化されたこともきっかけでした。
ANAグループの約40社のうち、主に接客に関わる26社から申し込みがありました。

この検定は、視覚・聴覚・車いすなど身体の障がいだけではなく、精神障がいや発達障がいについても学ぶことができます。
ブロンズ・プラチナ・ダイヤモンドの3つのステータスがあり、基礎となるブロンズはオンラインの受講と確認テストで合格できます。

「10月29日の時点で、ブロンズは911名が受講しており、現時点で598名が合格しています。まだ受講中の方もいますが、基本的にはすべて終えれば合格できます」

ブロンズはオンラインですが、プラチナは対面の講習と実技が加わります。

「プラチナでは、実際にすべての受講者に視覚障がい者の誘導を体験してもらいます。1日に60人と階段の上り下りをするので、私もかなり運動になりますよ」

小林さんを誘導する、上長の俣野さん。同じ部署の同僚の皆さんは誘導も慣れています。
▲小林さんを誘導する、上長の俣野さん。同じ部署の同僚の皆さんは誘導も慣れています。

視覚障がいの誘導以外にも、車いすの押し方、聴覚障がいの方に対する筆談、精神障がいの方に配慮することなど様々な障がいについて実際の当事者と対面で接しながらの講習が受けられます。

「私の場合、階段などは割と平気でどんどん歩けてしまうので驚かれるのですが、“中途障がいかどうかや、その人によっても違います”というのは必ず伝えています」

休憩スペースに向かう渡り廊下を白杖を使って歩く小林さん。
▲休憩スペースに向かう渡り廊下を白杖を使って歩く小林さん。

また、WEBアクセシビリティを担当している側面から、視覚障がい者の情報入手についても伝えているそうです。

「検定とは別の個人的な経験の話ですが、スマートフォンは視覚障がい者にとって、本当になくてはならないツールです。カメラのテキスト認識の性能がとても向上していますし、アプリなどを入れなくても音声読み上げに対応している機種もあります。
実は私もスマートフォンを使い始めたのは遅い方だったのですが、今では必需品です」

ANAユニバーサルスタンダード検定の概要

ブロンズ:基礎知識の習得。理解することでスタート地点に立つ
 ・「複数の障がいの基礎」を理解している
 ・「多様性」を理解している
 ・障がい者雇用を知る

プラチナ:障がいのある方をサポートするための具体的な方法を学び、実際の行動に移す
 ・コミュニケーションをとりながら適切なサポートができる
 ・「DEI」を理解している
 ・障がい者雇用を理解する

ダイヤモンド:雇用、協働、環境づくりなど、障がいに対して幅広い知識を持ち、発展的な活用方法を考えることができる
 ・「DEI」、障がいの理解に関して、周囲を巻き込むことができる
 ・障がい者雇用に関して、職場をリードできる
 ・障がいのある方に対する接遇をリードできる

実際の検定の内容の一部を下記のサイトで閲覧できます。
障がい当事者が語る!コミュニケーションのバリアフリー - 霞が関ナレッジスクエア
【制作協力】ANAウィングフェローズ・ヴイ王子株式会社 Universal Standard Consulting事業部

小林さんが所属する部署の入口のタッチキーは、同僚がマスキングテープでボタンの位置のガイドを手作りしています。
▲小林さんが所属する部署の入口のタッチキーは、同僚がマスキングテープでボダンの位置のガイドを手作りしています。

とくに「プラチナ」では、実際に当事者と対面して接遇の体験ができるため、参加者からは「見て知っている」ことと「実際にやる」ことの違いを実感できるとの声があるそうです。

小林さんは、ANAグループ以外にも、多くの方に検定を受講してほしいと語ります。

「自分が日常で困っていることが、“相手は知らなかっただけなんだ”と気づくことがあります。例えば、WEBサイトにパワーポイントで作った資料を画像にして貼り付けてしまうと、視覚障がい者は何が書いてあるのかわかりません。そういうことも、見えている人はただ簡単だからやっているだけなのです。
視覚障がい者がネットでどのように情報にアクセスしているかを知ってもらうことで、“そうだったんだ”と気づいてもらえます。直接伝えることの大切さを感じます」

USC事業部マネージャーの中村さんによると、2025年にはANAユニバーサルスタンダード検定の社外への展開も考えているとのこと。より多くの企業で、この検定の受講が増えることは、障がいのある人にとっても、社会貢献を強化していきたい企業にとってもメリットになるのではないでしょうか。

ANAウィングフェローズ・ヴイ王子株式会社 Universal Standard Consulting事業部
WEBサイトはリンクから:
ユニバーサル環境の構築へご提案とコンサルティング|ANAウィングフェローズ・ヴイ王子USC事業部

ANAウィングフェローズ・ヴイ王子株式会社 Universal Standard Consulting事業部
富田健介さんの取材記事はこちらから
人前で話すのが苦手だった私がセミナー講師に。さまざまな障がい者の声を届ける仕事とは?

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ライター aki

ASDの長男と、たぶん定型発達の夫と暮らしています。私自身は診断をうけていませんが、おもちゃを一直線に並べて遊ぶ子どもではあったらしいです。                Twitter: https://twitter.com/akiko_m_psy10

ブログ
https://note.com/aki_m_psy10
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