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「耳を通じて幸せになる」という言葉から考えた障害と地域の関係

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ライター:寺戸慎也

大阪府大阪市にある就労継続支援B型事業所「しあわせのみみ」を取材しました。

取材の最後、代表の久保聡之さん(以下、聡之さん)は、「耳を通じて幸せになりたい」と話していました。

取材時にはこの言葉の意味を理解したような気がしていましたが、振り返って考えてみると、具体的に聡之さんがどんなゴールを想い描いているのか、実は私自身が理解できていなかったし、何か腑に落ちていないことに気づきました。

なぜなら、聡之さんにとっての「耳」は聞こえにくいという特徴を抱えていて、「聞こえにくさ」は、聡之さんに多くの困難をもたらしたことでもあるからです。でも、聡之さんは「耳を通じて幸せになりたい」と、地域で事業所を開き、運営している。

この言葉が持っている「矛盾」から、障害がありながら「地域」と繋がり生きていくことの意味を考えてみたいと思います。

サービス化による「汎化」からこぼれ落ちる個人

過去記事はそれぞれ下記リンクより参照ください
 #前編記事へのリンク
 #後編記事へのリンク

2000年代以降、社会福祉の制度は「措置から契約」へと舵が切られていきます。行政が担ってきた福祉サービスの提供を、民間事業者の参入を前提として、利用者とサービス提供者との契約に委ねました。聡之さん自身は、この福祉制度の変遷の中で、キャリアを積んでこられてきたことがインタビューでも述べられています。

利用者が主体となり契約を結べるようになり、行政が利用するサービスについての判断を下す「措置制度」と比べると、自由が保障されているようにも感じます。

私自身、実は高齢者介護の世界に約4年ほど身を置いていたことがあるのですが、サービスが選択できることだけをもって、利用者の方々が「自由」であるというには、不十分だと感じていました。

個人が必要だと思っているサービスでも、国や地方自治体など行政機関が決める予算配分によってはそのサービスが受けられなくなる可能性もありますし、社会保障費削減の流れからサービス内容が削られたり、利用料の自己負担額も引き上げられたりしています。

障害学の中では、障害を「インペアメント」「ディスアビリティ」に区別して捉えます。

インペアメントは「身体の機能損傷又は機能不全で、疾病等の結果もたらされたもの」であり、 ディスアビリティは、インペアメントなどに基づいてもたらされた日常生活や学習上の種々の困難のことを指します。

今回のインタビューでは、「聞こえづらさ」がインペアメントに当たり、「聞こえづらさ」からもたらされるコミュニケーション上の困難、インタビューの中で利用者の方々が語ってくださったように、周りから理解されないことによる精神的な辛さ、就労の困難さなどが、ディスアビリティに当たると言えます。

障害者の権利保障は様々なサービスを通じてなされるようになってきていて、そのこと自体は非常に重要ではあるのですが、サービス化するということは、あるインペアメントによって生じる困難さ=ディスアビリティを汎化(広い範囲に共通して適用できるようにすること)することにもなります。

聡之さんも「社会福祉は、「難聴者には補聴器準備します」「ろう者には手話通訳を派遣しますね」と目に見える支援をしていて、その時に生じる悩みは重要視していません」と、決められたサービスを当てがうだけの、現在の社会福祉制度の問題点を指摘されていました。

また、利用者の山田さんはインタビューの中で、難聴に加えて弱視もあるために、手話コミュニティの中でも理解されず、辛い思いをしたと話されていました。インペアメントにも重なりがあり、人それぞれで困りごとも変わってくることを、取材記事を通して共有できたと思っています。

利用者の選択の自由を標榜し、「措置から契約へ」と福祉制度が整備されていきましたが、サービス化することは、同時にそこからこぼれ落ちる個人を生み出すというジレンマを抱えています。

福祉サービスを提供する側として現場で働くケアワーカーは、いわゆる「制度のはざま」に陥ってしまう「個人の困りごと」をなんとか支えようと苦心しており、聡之さんもその一人だったのではないでしょうか。

しあわせのみみ前で

「ケア的な主体」が立ち上がる、共同体としての「地域」

改めて「耳を通じて幸せになる」ことの意味に戻ると、まず「耳を通じて」の部分は先に説明したインペアメントのことを指すと理解するのが自然です。

一方で、聡之さんは、施設運営上「難聴者」「ろう者」向けの特別なサポートはあまりしない方針で、設備も必要最低限のものとなっています。同時に、1階にある土間をカフェとして解放し、地域の方々と交流しようとしています。

インペアメントをそのまま抱えて、地域に溶け出そうとしているように、私の目には映ります。

地域の方々との交流が進めば、地域の事業者が「しあわせのみみ」に仕事を発注してくれるかもしれませんし、逆に1階土間のカフェを通じて、利用者の皆さんが地域の支え手になる場合もあるでしょう。

一人ひとりが別々の個人であるにも関わらず、「障害」を通して解釈されてしまうのが現場の福祉制度の負の側面だとすると、こうした地域での関わりが増えていくことで、「障害」を通じてではなく、地域の方々に、「いち個人」として、その人は理解されていくかもしれません。

ただ、聡之さんが話したように、難聴者やろう者の方の支援はこれまで「ろうあ会館」を含む、限られた社会資源の中で行われており、地域では日常的に「ろう者」「難聴者」に出会うことはあまりありません。

「聞こえ」に関するインペアメントを有する個人が、専門的な言葉が存在しない「地域」で生きようとすると、地域の方々には戸惑いや「ちぐはぐさ」が生まれるかもしれません。

「しあわせのみみ」で直接的に出会う人たちは「ろう者」「難聴者」という記号化された情報ではなく、例えば、インタビューさせていただいた山田さんであり、吉田さんであり、特定の個人です。

「しあわせのみみ」が地域に開かれていくことで生まれる地域住民の方々との相互のやり取りの中で、「障害者のサポート」という自分から遠い問題ではなく、山田さんや吉田さんが地域の中で生きるのはどうしていけば良いかという、自分に近い問題に変わっていくかもしれません。

想像してみてください。

地域で出会った人が困っている。ただ、自分があまり知らない「障害」のある方だった場合、サービス化が進んだ社会では「私は知りません、専門家にお願いしてください」「私にはよくわかりません」という状態になってしまうかもしれません。

ただ、もしあなたが地域で「しあわせのみみ」のような事業所と関わり、「難聴者」「ろう者」の方と知り合いであったらどうでしょうか。山田さんのように、吉田さんのようにと、そこには「ケアの主体としての自分」が立ち上がるかもしれません。

「耳を通じて幸せになる」という表明は、まさにこうしたケアの主体となる個人が重なり合う共同体をつくりあげることを指すのかもしれません。

しあわせのみみ作業場

「ちぐはぐさ」が、地域をつなぐキーとなるかもしれない

地域との繋がりを構築するのは、実際のところはそんなに簡単なことではないかもしれません。
なぜなら、社会を変えるより、そのコストを個人に転嫁した方が楽だからです。「措置から契約へ」というサービス化は、同時にサービスの専門化を進めていくため、個人への責任転嫁を担ってしまう側面もある、専門家に任せておけばいいという分断を生む可能性があると、私は考えます。

今回の取材も手話通訳士2名、要約筆記が1名参加してくださったことにより成り立っていましたし、専門的なサービスが必要なことには疑いようがありません。
ただ、専門サービスがあればいいという発想になってしまうと、当事者が生きられる場所を、辺境に追いやることになってしまいかねません。

一方で「ろう者や難聴者は、知識・経験・スキルが足りないので、色んなところにいって体験する、頭を打って自分で考える場をたくさん作らないといけないといけない。成長してほしいし、自分のスキルも身につけてもらい、地域へ繋げていくことも、社会福祉の役割の1つだ」と聡之さんは話していました。個人が変わっていくことも必要です。

自己責任論とのバランスを取りつつではありますが、個人が地域の中で生計を立てていくこと、地域とつながっていく力を育むことも重要であり、それは就労継続支援B型事業所である「しあわせのみみ」の役割でもあります。そうした支援をしていくためにも、聡之さんが話したように、周りの人たちがゴールに向かって連携していくことが重要です。

地域の中で繰り返し対話を重ね、顔の見える関係ができれば、利用者の方々も、自分自身の困りごとや目指したいことを吐露することができるかもしれません。

限られた環境から飛び出して、地域の様々な人と出会い、様々な経験をする中で、利用者さん自身が多面的な「自分」を見つけていく。必要なサービスの力も借りつつ、個人でできる「努力」の塩梅を見極めつつ、「個人がいかに自分らしく生きていくか」中心に、同心円上にさまざまな人々が関わり合っていく。
聡之さんはそんな支援の体制をつくりたいのではないでしょうか。
誤解を恐れずに言えば、地域の方々が主体的に協力しあう中心には「インペアメント」が大きな要素として機能するはずです。誰かの困りごとを解決しよう、そんな風に思えるケア的な性質が、本来人間には備わっていると、私個人としては信じています。

インペアメントを通じて生まれる地域の「ちぐはぐさ」によって、ケア的な性質が引き出され、繋がりあえる地域ができていく。「しあわせのみみ」の挑戦を通じて、そんな共同体が現れることを、願っています。

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ライター 寺戸慎也

システムエンジニア〜介護職を経て、現在は若者支援分野の相談員。フェルマータ合同会社を共同起業し、発達障害当事者とともにつくるタスク管理アプリ「コンダクター」をリリース。趣味はバンド活動。

ブログ
https://note.com/teradosh1226/
公式HP
https://fermate.co.jp

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