「なかま」とともに専門性と地域の間を超えていく。就労継続支援B型事業所「しあわせのみみ」の取組み(前編)
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ライター:寺戸慎也
常に場を和ませながらインタビューに答えてくださったのは、大阪府大阪市にある就労継続支援B型事業所「しあわせのみみ」代表の久保聡之さん(以下、聡之さん)。
しあわせのみみは、ろう者(※1)の方、難聴者(※2)の方、精神障害のある方などを「なかま」として受け入れ、地域に開かれた事業所を目指して運営されています。
代表の聡之さんに「しあわせのみみ」を立ち上げた経緯、利用者のみなさんに業務内容やお仕事をしながら感じられていることや、しあわせのみみで受けているサポートについて、また聡之さんのパートナーであり「しあわせのみみ」で支援員として働いている久保知佐さん(以下、知佐さん)と、そのご両親にもお話を伺いました。
※1 ろう者:聴覚に障害があり手話を第一言語とする人のこと
※2 難聴者:聞こえにくいが、聴力が残っている人。補聴器を使って会話ができる人から、わずかな音しか入らない人などさまざま
今回の取材は、手話通訳者の方2名、要約筆記の方1名を交えて行われました。
地域に開かれた事業所を目指して
「しあわせのみみ」は、今はあまり見なくなった銭湯や、個人店が立ち並ぶ下町情緒ある町の一角にあります。鮮やかなオレンジ色の暖簾がかかる玄関から、一歩足を踏み入れるとすぐ「土間」が現れます。
地域の人が「食べ物屋さんですか?」と、ふらっと覗きに来ることもあるとか。1階の土間は今後カフェを増設し、地域のみなさんと利用者さんが交流できるスペースにしていく構想もあるそうです。
久保聡之さん
「計画を立てていたわけではないけれど、しあわせのみみを立ち上げた理由として、1つは家族のため。2つめはなかま、3つめは地域、4つめは社会のため、5つめは自分のためです。 妻の精神的な負担を減らしてあげたかったんです」(聡之さん)
4人のお子さんの子育てをしながら、パートナーである知佐さんと一緒に事業所運営を切り盛りされており、久保さんは1番下のお子さんを抱っこしながらインタビューを受けてくださいました。子どもたちの発熱などで呼び出されることも多く、育児で大変な知佐さんを支えたい、という思いがあったそうです。
聡之さんご自身にも聴覚障害があり、「僕にも聴覚障害があったから、ピアサポーターとして、もし地域の中で難聴の方や、ろうの方がいたら一緒の働けたらいいなぁという素朴な気持ちです」とも語ってくださいました。
「しあわせのみみ」は、2023年4月1日にオープンしました。事業運営を進める中で、ろう者や難聴者の方が、あちこちに点在していることがわかってきたそうです。
「ろう者・難聴者だから専門の施設に行くということではなく、地域の中では特別に配慮をしてくれる場所ではなくても、それぞれの状況に慣れてしまっている人がたくさんいます」
難聴者やろう者について何かあれば「ろうあ会館※3」に相談が集中することが多いなど、特定の社会資源だけが利用されてしまうことになっているのが現状だそうです。
「支援学校があったり、難聴者だけが集まった特例子会社などもあります。そうした(ろう者、難聴者の)専門のルートができていること自体は、悪いことではないと思っています。
ただ、「相談支援事業所※4」が、地域の中に繋いでいって、B型やA型の事業所にもアピールしていってほしいなということは思います。地域に出て、それぞれ(の当事者)がアイデンティティを持って、アピールしてくれたら、今点在している方々が線になっていく。
多様性というか、そんな選択肢があってもいいんじゃないかなと思います」
※3 大阪ろうあ会館:公益社団法人大阪聴力障害者協会が運営する施設で、手話通訳派遣や聴覚障害者への情報提供などの事業を行っています。
※4 相談支援事業所:障害者やその家族から相談を受け、アセスメントのうえ助言や情報提供、支援にかかる計画の作成、関係機関との連絡調整、モニタリングとフォローなどを行う事業所
「聴覚障害」で括れない、一人ひとり特有の困りごと
聴覚障害者への専門の機関としてではなく、「地域で支えていく」という発想のもと事業運営されている「しあわせのみみ」で、どのようなサポートを受けながら働いているのか、利用者の皆さんにもインタビューしました。
今年の8月から利用を始められた山田英津子さんは、幼い頃から難聴でした。30歳の時、原因は不明だったそうですが、急に聴力を失いました。その後、人工内耳の埋め込み手術を受け、現在は自分の近くで発せられた音声であれば聞こえる状況だそうです。
山田さんは幼い頃から弱視もあり、近い距離でないと手話が読み取れません。以前、参加していた手話サークルでは「弱視難聴」であることを理解してもらえずにとても残念だったといいます。
「しあわせのみみ」では、自分が得意なコツコツ作業を頑張り、困っていることはほとんどないという山田さん。理由を尋ねると、所属されている宗教コミュニティで、聖書を元にした「怒らないで喋るコミュニケーション方法」を学んだことが大きかったそうです。
聴覚障害に弱視も重なっていることで、聴覚障害者のコミュニティでも理解されず、話ができなかったことが辛かった山田さんが、障害への直接的なサポートではなく、コミュニーション方法を学んだことで楽になったというエピソードは印象に残りました。
「しあわせのみみ」では、部屋がコンパクトなため、人との距離が近く、コミュニケーションがしやすい環境が助かっているそうです。
山田さん
次に話を聞いたのは、山田さんの紹介でしあわせのみみの利用を始めたという吉田さん(仮名)。
現在はネジの軽量等の業務を担当されていますが、思った通りに作業ができずに、イライラすることもあるといいます。
聡之さんのお話では、この日の吉田さんは精神的にしんどそうで、いつもは明るくお話しされるとのこと。精神状態のアップダウンへのケアにも、気を配る必要があると聡之さんは言います。
体調が安定せず、週2回は在宅勤務も取り入れていています。
「在宅仕事ができるのはありがたいです」(吉田さん)
右耳だけが聞こえるため、はっきりと話しかけられないと聞き取りづらい時がありますが、手話ができる久保さんご夫婦がいることで、話が通じやすいといいます。前の職場には手話ができる人がおらず、ゆっくり話してもらうか、筆談をしてもらっていたそうです。ただ、筆談に対して迷惑かけているという気持ちもあり、精度の高い翻訳ソフトがあれば助かると話されていました。
お二人のお話からは、大きく括ると同じ「聴覚障害」であっても、困りごとは全く違っていたり、必要なサポートにも違いがあることがわかります。
お互いを理解し合い、折り合いをつけていく
最後にお話を聞いたのは知佐さんと、そのご両親。知佐さんのご両親は、共にろう者で、これまで複数のA型・B型事業所に勤めてこられて、久保さんご夫婦からの提案もあり、2023年から「しあわせのみみ」の利用を始められました。
お父様は、以前は清掃や軽作業の仕事をされていました。口頭で指示を受けることは多かったようですが、読唇で内容を理解できるので、特に困ることはなかったと言います。また、会社の社長さんからの「一生懸命掃除してもらえて助かる」という言葉で、頑張れていたそうです。
お母様が通っていたのはA型事業所で、聞こえる人の方が多い職場でした。職員のなかに少し手話ができる人がいて、手話で作業指示をもらいつつ、7年間勤められました。
今年の5月に、突然事業所が倒産してしまい、居場所がなくなってしまったそうです。A型事業所よりは収入が減ってしまいますが、家にいる性分ではないので、頑張って働こうと思い、「しあわせのみみ」の利用を決めたようです。
知佐さんのような、ろう者の子どもはコーダ(CODA:Children of Deaf Adults)と呼ばれています。ご両親とのコミュニケーションは手話というよりは、身振りや簡単で短い文章で喋ることが多かったそうです。子どもの頃にご両親と手話教室に通い、一緒に手話を覚えていったそうです。
「周りの子ども達に比べて、言葉については理解については遅れていたことはあるかもしれません」(知佐さん)
聞こえない親の元で育ってきて、聞こえない部分を補うためにご両親は「見る」ことで情報を補っています。どこに注目して見ているかは、人よりはわかるとは思う、とのこと。ご両親と他の利用者さんとの関係の中で、「変なところまで見ているな」と思ったら、声をかけることもあるそうです。
コミュニケーションの上でも特徴があり、「OKかNGか」をはっきり言わないと伝わらないことが多いそうです。
物事をはっきり言ってしまうこともろう者の特徴で、感情が表情にも出るしわかりやすいと言います。ろう者・難聴者以外の利用者の方も利用されていて、「怒られている」と思ってしまわれる状況もあるので、その場合は知佐さんが声をかけるそうです。
「(利用者さん同士が)お互いの障害理解ができていったらいいなと思います。どう折り合いをつけていくのかは、考えながらやっていきたいです」(知佐さん)
参考記事
「ろう者と聴者のバリアをなくす。那須映里さんが「手話エンターテイナー」を名乗る理由」
呉美保監督が大切に描いたCODAの若者の母への思い・日常のかけら…吉沢亮主演「ぼくが生きてる、ふたつの世界」
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ライター 寺戸慎也
システムエンジニア〜介護職を経て、現在は若者支援分野の相談員。フェルマータ合同会社を共同起業し、発達障害当事者とともにつくるタスク管理アプリ「コンダクター」をリリース。趣味はバンド活動。
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