「なかま」とともに専門性と地域の間を超えていく。就労継続支援B型事業所「しあわせのみみ」の取組み(後編)
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ライター:寺戸慎也
大阪府大阪市にある就労継続支援B型事業所「しあわせのみみ」。前編では、代表の久保聡之さん(以下、聡之さん)に立ち上げの経緯、利用者のみなさんには業務内容やお仕事をしながら感じられていることなどについてお話しを伺いました。
後編となる本記事では、代表の聡之さんご自身にフォーカスして、これまでの社会福祉の現場に従事して感じられてきたこと、「しあわせのみみ」を通じて感じていること、これからの展望について伺いました。
利用者の一言をきっかけに、「目に見えない支援」を目指す
※前編記事は下記リンクより参照ください。
#前編記事へのリンク
聡之さんは、「しあわせのみみ」の開所に至るまでも、社会福祉の現場を渡り歩いてこられました。大学の時から社会福祉学を専攻し、卒業してから京都にある授産施設(※1)で働いていました。
「ある利用者さんから『久保さんは支援はできても、人の悩みを聞いてくれない』と言われて。それがきっかけで『社会福祉』をストップしたんです。目に見える支援と、目に見えない支援をダブルでやってみようと思ったんです。
社会福祉は、「難聴者には補聴器準備します」「ろう者には手話通訳を派遣しますね」と目に見える支援をしていて、その時に生じる悩みは重要視していません」(聡之さん)
※1:授産施設:障害者関連の法律(身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法)に基づいて設置されていた施設。2006年の障害者自立支援法施行後は、現在授産施設は「障害者総合支援法(旧障害者自立支援法)」による就労系障害福祉サービスが提供されています。
目に見えない「こころの支援」を探求するために、聡之さんは臨床心理士を目指し、大学院に入学します。その頃には、自分自身の障害を受け止めないといけないと思っていたと言います。
「障害があると、だんだん考えが屈折してくるんです。難聴にしても、ろうにしても、『聞こえ』の中に壁があるとやっぱりしんどくなって、投げやりになってしまうんですね。そんな中で『間違っている』と言われると、余計にカーッとなる。誰も助けてくれないのに!と」(聡之さん)
まだ「しあわせのみみ」は立ち上げたばかりで、ケアの方法を確立している途中だそうですが、カウンセリングの場をつくっていきたいという聡之さん。パートナーの知佐さんは精神保健福祉士の資格を持っているので、専門家として話を聞いてもらっています。
「ろう者や難聴者の多くはモヤモヤを抱えて生きていますが、第三者に話してもらってもいいと考えてます。今は定期的なカウンセリングは設けてはいないですが、いずれはプログラムに入れていきたいです」(聡之さん)
フラットな関係性の「なかま」たちと、地域で暮らしていく
臨床心理学を学び、目に見えない「こころ」の支援を追及しはじめた聡之さんに、学ぶ前との変化を伺いました。
「ぶっちゃけると、優しくなりました」(聡之さん)
聡之さんが仕事を始めた30年程前の社会福祉制度では、措置制度といって行政がサービスの利用先や内容などを決めていましたが、障害者総合支援法へ移り、利用者が自らサービスを選べるようになってきました。
大学院修了後、聴覚障害者の支援を始め、その頃に手話を覚え始めたといいます。京都では8年、地元の大阪に帰り7年間、社会福祉の現場に従事されてきました。
以前は「先生と生徒」のような関係性が、対等な関係性に変わってきたと言います。対等であるという意味で、「しあわせのみみ」では利用者のことを「なかま」と呼んでいます。
「それが悪いというわけではないですが、決められた社会資源ばかりに集中するだけではなく、地域の中にある事業所にいかないと、難聴者やろう者のことを、(地域の)みんなが分からないままだと思うんですよね」(聡之さん)
「しあわせのみみ」に来たら、「聞こえ」の部分では理解やサポートがあるので、コミュニケーションで困ることはあまりないかもしれません。
ただ「普通の会社」として立ち上げて、「聞こえ」の面で困っていても、すべての困りごとをサポートはしたくない、と聡之さんは言います。
「しあわせのみみ」は、ろう者の方、難聴者の方の支援に特化させたいというわけではなく、呼んでることを知らせるために点滅するライトがあるくらいで、設備は他の施設と変わりません。
「あんまり福祉福祉してしまうと地域の人が入りにくいので、地域に溶け込むように最低限にしています」(聡之さん)
就労支援B型事業所として、社会復帰を目指すサポートをしたいという聡之さん。聡之さんご自身も難聴者です。インタビュー中も「滑舌大丈夫ですか?」と、こちらを気遣ってくださいましたが、そう言われないとわからないくらいに、違和感なくお話しされていました。それだけ、読唇や聞き取りなど、会話についてかなりトレーニングされてきたことが窺えます。
「一部の方を除いて、『ここ(しあわせのみみ)に長くいても困ります』と話しています。ろう者や難聴者にこだわってはおらず、いろんな企業を見て行って、自分のスキルをみにつけてほしい、成長してほしいです」
ろう者や難聴者は、知識・経験・スキルが足りないので、色んなところにいって体験する、頭を打って自分で考える場をたくさん作らないといけないといけない。成長してほしいし、自分のスキルも身につけてもらい、地域へ繋げていくことも、社会福祉の役割の1つだと聡之さんは言います。
専門性と地域の間を越えて、地域に溶け込んでいく
「医療ではチーム医療という言葉がありますが、なんで福祉の現場ではその言葉がないんだろうとずっと思っていました。なんで単独で頑張ろうとするんだろうと。
それで誰が困るかと言ったら、当事者の方なんです」
聡之さんは、支援する時には必ず連携しましょう、と関連する事業者に呼びかけるそうです。
同じ聴覚障害者だけど困りごとが少しずつ違ったり、聴覚障害でない人、他の障害がある人、コーダとして感覚が理解でき、他者との間に入って調整ができる人、色々な人々が折り重なって、きっとしあわせのみみの周りの「地域」ができていくはずです。
パートナーである知佐さんは、コーダ(CODA:Children of Deaf Adults)であり、手話を使われ、ろう者の方も知佐さんにはよく理解されて、安心して過ごされています。
他者から理解されることは、ろう者や難聴者の方々にとっても重要ではありますが、しあわせのみみの利用者さんたちは過去に別の事業所でもろう者や難聴者として特別なケアを受けなくとも、仕事に取り組み、そこに居場所を見出していたように思います。
同時に、前編で知佐さんのお母様がA型事業所の閉鎖により、慣れ親しんだコミュニティにいられなくなったエピソードを伺い、家族や一部の事業所だけでなく、様々な人たちが繋がりあっていく必要を考えさせられました。
今、あらゆる領域で「多様性」という言葉が語られます。
あらゆる人々が重なり合いながら生きていく環境で当たり前のように過ごしている久保さんのお子さんたちは、「多様性」という言葉をどう受け止め、どんな社会をつくっていくのでしょうか。
「しあわせのみみ」の活動の先で、これまで隔てられていた専門性と地域、目に見える支援、目に見えないこころの支援が折り重なり、新たな地域のあり方が創造されていくような予感がします。
「自分が障害を持っていることで幸せだと思ったことはありませんでした。もちろん『聞こえ』の面に関してはしんどいし、耳を通してこれまでしんどかったです。これからは、耳を通して幸せになりたいです」
久保さんご夫婦と、なかまたちのチャレンジは続きます。
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ライター 寺戸慎也
システムエンジニア〜介護職を経て、現在は若者支援分野の相談員。フェルマータ合同会社を共同起業し、発達障害当事者とともにつくるタスク管理アプリ「コンダクター」をリリース。趣味はバンド活動。
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