国内初!聴覚障がい者に寄りそうサイニング薬局「まいにち薬局」を訪ねて
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ライター:かたおか由衣
西武池袋線の秋津駅を降りて徒歩30秒ほど進むと、一軒の調剤薬局があります。看板を見上げると、「まいにち薬局」に指文字が添えられています。ここは、2024年3月に日本初の“サイニング薬局”としてオープンした「まいにち薬局秋津店」です。
「サイニング」とは、手話のこと。近年、国内初となるスターバックスのサイニングストアが国立市にオープンしたことも話題です。まいにち薬局は、株式会社ヤナリが運営する調剤薬局です。3店舗目となる秋津店を、コンセプト薬局である、聴覚に障がいのある方に寄り添ったサイニング薬局としてオープン。具体的な工夫や取り組みについて、伺いました。
カフェのような空間に手話アート
▲門秀彦さんによるアート作品
ドアを開けて店内に入ると、アーモンドカラーでウッド調のカウンターやソファが並び、カフェのようなゆったりとした空間が広がります。温かみのある照明が柔らかな雰囲気を演出し、4〜5歳のお子さんを連れたご家族が、絵本を手に取り読んでいる姿も見られます。
中でも目を引くのは、壁一面に展示されている大きなアート作品。この作品は、スターバックスコーヒーの装飾や、キットカットのパッケージなど多岐に渡り活躍している作家・門秀彦(かど・ひでひこ)さんによるものです。
門さんはろう者の両親を持つ「コーダ」であり、手話をモチーフにした作品を多数発表しています。スターバックスコーヒーのサイニングストア「nonowa国立店」の店内アートも手がけている方です。
よく見ると、カラフルなアートの中に、薬局ならではの言葉が手話アートとしてちりばめられています。
「お子さんがアートを見ながら手話を真似していることもあるんです。子どもたちが自然と手話に興味を持ってくれるのは嬉しいですね」
教えてくれたのは、オープン時から「まいにち薬局 秋津店」で薬剤師として働く、本多健太郎さんです。
▲株式会社ヤナリ 本多健太郎さん
「株式会社ヤナリが実施した、薬剤師たちによる絵本制作のクラウドファンディングへの参加がきっかけで、この薬局のコンセプトを知りました。聴覚障がい者の方に寄り添う薬局という理念に共感し、ここで働くことを決めたんです」と本多さんは語ります。
株式会社ヤナリでは、3つの調剤薬局に加え、薬剤師同士が交流するSNSサイト「ヤクテラス」の運営、薬を飲みたがらないお子さまに向けた絵本を全国の薬剤師と作るなど、幅広い活動をしています。
▲ヤクテラスに登録した約40名の薬剤師によってつくられた絵本『ベンゼンじまのポポロン』
店内には、聴覚障がい者の作家が手がけた無垢材の椅子や絵本、指文字が描かれたストラップなどが並びます。全8色のカラフルなストラップは500円で、売り上げは千葉聴覚障害者センターへ寄付されているそうです。
サイニング薬局ならではの工夫
「サイニング薬局」と銘打っていますが、訪れるのは聴覚障がいのある方ばかりではなく、一般的な調剤薬局と変わりはありません。聴覚障がいを持つ方が安心して利用できるよう、様々な工夫がされています。
カウンターには、話した言葉をリアルタイムで文字に変換するディスプレイ「コトバル」や、声を大きくして届けるスピーカー「comuoon(コミューン)」が設置されています。
コトバルの近くでお話を伺っていると、その場で話した言葉がかなりの精度でリアルタイムで表示されています。「『こんな対応をしてもらったのは初めて』と、涙を流したお客さまもいらっしゃいました。聴覚に障がいのある方だけでなく、高齢の方にもとても喜ばれています」と本多さん。
▲声が文字になるディスプレイ「コトバル」
▲マイクが拾った声を、スピーカーによってクリアにして届ける対話支援システム「comuoon(コミューン)」
また、電話が使いづらい方のために、LINEでの相談も受けつけています。薬の飲み合わせや副作用の相談なども、気軽にできるようになったと好評です。「サイニング薬局」と、ひとつのコンセプトを光らせることで、聴覚障がいを持つ方のみならず、より多くの人にとって利用しやすい薬局になっているのです。
待合スペースには、開発中の骨伝導集音器「Vibone nezu3(バイボーンネズスリー)」のサンプルを展示。集音器の開発ストーリーや試している様子の映像が店内のTVに流れています。この集音器を見かけた薬局のお客さんから聞いて、聴覚障がいのある方が試したいと来店することもあるそうです。
▲骨伝導集音器「Vibone nezu3(バイボーン ネズ スリー)」
▲ペーパー類や店内の展示のデザインも、薬剤師の一人が担当している
さらに、処方箋1枚あたり、薬局の売り上げの中から100円分を支援する取り組みもしています。
「この薬局を使っていただくだけで支援の輪に加われる仕組みです。お客さまにご説明すると、『誰かの役に立てて嬉しい』と喜びの声をいただきます」
予想外の反響と広がり
オープンから半年が経ち、予想外の反響もあるといいます。
「門さんのアートを見るためだけに来てくれた人もいるんですよ。若い二人組の方がいらっしゃって、写真を撮っていました。そんなふうに、気軽に来ていただけるのも嬉しいです」
聴覚障がいのある方の訪問は、月に3〜4名ほど。
「薬局を利用した方が特徴に気づき、ご家族や知人に店舗のことを伝えてくれて、来店に繋がっているケースもあります。池袋から電車で30分ほどかけて来店してくれたお客さまもいらっしゃいました」
しかし、まだまだ課題もあるといいます。まいにち薬局秋津店には、聴覚障がいの当事者のスタッフがいるわけではなく、手話でのスムーズなコミュニケーションはまだ難しいそうです。手話講師の先生を招いて勉強会を実施するなど、なるべくスムーズにやりとりができるよう、日々練習に励んでいます。
さらに、東京都立川市にある都立立川ろう学校の生徒を職場体験で受け入れるなど、近隣との連携も進めていく予定です。
「この薬局をオープンしたからには、続けていくことも私たちの課題だと思っています。地域に広めながら、小さな灯りを灯し続けたい。今後スタッフも入れ替わるかもしれません。それでもしっかりとコンセプトが生き続けるのは、難しいことでもあります。変わらずに続けるだけではなく、どんどん新しいことにも挑戦していきたいですね」
▲「続けていくことが課題」と話してくれた本多さん
最後に、今後の展望について伺うと、本多さんは次のように話してくれました。
「処方箋がなくても参加できるイベントや、季節感のある展示なども企画していきたいですね。例えば、耳の日(3月3日)や補聴器の日(6月6日)、国際手話デー(9月23日)に合わせて何かできたらいいですね。私たちがこの店を続けることで、ここだけではなく全国に似たようなコンセプト薬局が波及して、遠くの人たちにも手を差し伸べられるようにしていきたいとも思っています」
日本初のサイニング薬局は、今日もたくさんの人をあたたかく出迎えています。
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ライター かたおか由衣
フリーライター。東京学芸大学卒業後、リゾート運営会社、専業主婦を経てライターに。教育、社会課題、エンタメなど幅広いジャンルにて執筆中。ホームスクールを選んだ子どもたちと過ごす日々の中で、さまざまなマイノリティの方と接する機会が増えている。
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