「1%さえあれば」ろう者の明るい未来のために奮闘するひとりの女性
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ライター:Media116編集部
皆さんこんにちは!Media116編集部です。今回の記事はグローバルに活躍をされているろう者、袖山さんという女性のお話です。様々な経験をされてきた彼女。彼女のお話からはろう者の明るい未来に向けての前向きな気持ちがひしひしと伝わってくるのでした。
「グローバルで活躍するろう者を増やしたい」
様々な場面で活躍されている袖山さんのメインの仕事は「Eyeth for English」です。これは視覚言語のASLを生かした、オンラインでマンツーマンでのレッスンが受けられる英語教育です。グローバルな人材として活躍するろう者が増えてほしい、という思いで始められました。言葉だけではなく、文化や歴史的背景なども学べるのが特徴です。
他にもASLを日本手話に通訳するアメリカ手話通訳者としての仕事もされています。デフゴルフの国際大会などでの通訳経験もあるそう。その他の活躍としては、日本財団から支援を受けているアジア聾者リーダーを集めてワークショップしたり、記録を取ったり。また、ライターとしてこれまでに聴導犬関連の本を3冊、自伝を2冊、詩集を1冊出版されています。連載は終了したものの、ファイナルアドバイザーという形で雑誌にて偶数月にライティングを請け負われています。
「Eyeth for English」は立ち上げたきっかけを彼女はこう語りました。
「日本でもASLを学習できる場はあり、習得できている人もたくさんいます。しかしほとんどの人が肝心の英語を獲得できていないように見えます。それではもったいない、ASLを身につけるなら英語も一緒に身につけたほうが良いと思ったのが立ち上げたきっかけです。また、聴者は音から入ってそれから書体に入るといった英語学習のプロセスを踏んでいるのに対して、ろう者はどうでしょうか?聞こえないため最初から音から入らず、書体から入るというプロセスになってしまいます。それでは非効率でしょう。視覚言語を用いるろう者の場合、視覚(手話)から入って書体を覚えていくという流れで言語を身につけるべきだと思うのです。更に英語だけではなく様々な海外の文化や歴史的背景も学ぶことで、グローバルな考え方を持つ人材育成もできればと思い、そう言った場を作りたいというのがきっかけです。」
ろう者が学びやすい環境を提供しつつ、英語力の向上と世界で活躍できるようなろう者を育成することが目的だといいます。
次に袖山さんが考える「グローバルで活躍できる人材像」について伺いました。
「わたしが思うグローバル的な人というのは、言葉が通じなくてもとにかく自分の意見をはっきりと言うことで、相手に何かしらの印象を残すことができる人だと思うのです。自分の主張を言えるようになれば、聴者の世界でもしっかり周りに自分の存在を感じてもらい活躍することができます。もう一つは、日本の文化を大事にすることです。自国の文化に誇りを持つことで客観的に他の国の意見や主張を見ることができます。」
「主張」に込められた熱い想い
現在の仕事に至るまでの経緯について彼女はこう語ります。
「1つ目の会社を退職しアメリカに留学した後、特別労働ビザでアメリカのろう学校の教師になったものの、健康上の問題で日本に戻り外資系の会社に再就職しました。しかし再就職先の職場の雰囲気が自分に合わなく、自分の主張も言えなくてもどかしさを感じていました。そういった面で不満を感じながらも自分の生活のために働きました。」
体調面の課題や職場の雰囲気に馴染むことが難しかったといいます。
「2つ目に入社した職場の考え方は1つ目よりは合っていましたが、決められた仕事をこなすだけであまりやりがいを感じられませんでした。会議でも十分な情報保障が得られず、自分が会議に参加する意味はあるのだろうかと思っていました。あるとき、社内で英語のワークショップが開催され、最低限の情報保障として手話通訳者を派遣してもらいました。手話通訳者がついたことで情報が以前よりかなり得られ、ワークショップ中でははっきりと自分の主張を言うことができました。そこから職場の聴者の自分に対する見方が変わりました。」
袖山さんの取材中に良く聞くことができたのは「主張」というワードでした。「自己主張」というと日本ではマイナスに捉えられがちですが、自分主体で行動を起こす際や、グローバルに活躍していくためには求められることなのです。
人生の岐路「決断」をする
「このまま勤め続けていれば職場の環境や雰囲気を変えることができたかもしれません。しかし、そのとき自分は35歳になりこれからの人生の岐路に立っていたときだったので、このタイミングで退職し自分で事業立ち上げようと決めました。また、その時はワークライフバランスがうまく取れていなかったという理由もありました。当時は講演の依頼が多くあり土日も休む暇がなく、自分のために費やす時間がありませんでした。いろいろなことに対して興味を持ち、新しいことを始めるのが好きな自分にとってこのままだと本当にやりたいことができないと思い始め、また自分のやりたいことをやるなら逆に甘えがない環境に身を置いてみたくなったのです。挑戦してダメだったらまた別の会社に再就職する道もあるので、そこで決断するに至りました。」
やりたいと思うことに対し全力で向き合う。自身の中に甘えを残さないという考えを伺い、袖山さんの行動力に驚くとともに自律心の強さに感服するばかりでした。
個人事業主1本で生計を立てていこうと決められたのは大きな決断でした。
「まだ若いうちは経験が浅く、何事に対しても遠慮しがちになってしまいますが、自分はその時はもう35歳で今まで積み重ねてきたものに自信を持て、厚かましく行動できるようになれました。今までいろんな経験をしてきて、簡単に折れない気持ちを持って挑めるようになれたのがこのタイミングでした。」
その決断ができたのは自分の経験や、自分自身に対して自信が持てるようになったからなのでした。
「会社勤めをしながら土日は聴導犬の啓発・普及活動をしていました。アメリカから日本に戻ってきたときは聴導犬がまだ認知されていなく、今までの啓発活動では中途失聴側からのみの発信でした。そこで、ろう者という立場が必要でした。」
「また聴導犬のメリットとして、聞こえないということを一目で見てわかるように訴えていきました。そして日本とアメリカでの犬に対する考え方の違いについても主張していきました。日本では犬を愛玩扱いしていることが多いが、アメリカやヨーロッパではパートナー・家族の一員として扱っています。なのでアメリカやヨーロッパでは犬の学校に通わせ、社会に迷惑をかけないようにしつけています。そういったパートナー意識と社会全体で支えるという意識が必要だと感じています。そういった自分の啓蒙活動を中心に、講演会にも参加してくれる人が徐々に増えてきて、一緒に活動をしてくれる人もできました。さらに別の講演や出版などのお仕事が増えていきました。自分が立ち上げた仕事に収入が入っていくことでより自信を持てるようになりました。」
この経験が彼女に強い自信を与えたのだと言います。
彼女の個人事業としての最初の仕事は自己出版でした。そのきっかけを伺うとこう答えられました。
「わたしは小さい時から目立ちたがり屋で、また自分の力がどれだけ世界に通用するかを知りたかったので、出版してみようと思いました。今まで何か始めようとしてもろう者には無理だと言われ続け、なぜ無理だと決めつけるのか納得できませんでした。”ろう者はできない”という固定概念を壊したかったのです。」
障がいを理由に何かを諦めざるを得ない状況にある当事者は多くいる中で、袖山さんは「できない」という固定概念を崩すべく立ち上がられたのです。
「自分自身がおしゃべり好きで、そこからろう者・聴者関係なくいろんな人と繋がりたいという気持ちから本を書こうと思いました。」
彼女は満面の笑顔でそう語りました。
多様性そして自分の価値を下げないことの大切さ
「わたしはデフファミリーですが、家族みんな聴力がバラバラでコミュニケーション方法もそれぞれ異なっていました。また、父親は海外生まれ日本育ち、母親は江戸の文化が盛んな環境の中で育ってきました。母親が育ってきた江戸の文化は人のつながりを大事し歩み寄る姿勢があります。”ろう者・聴者関係なく双方が歩み寄っていきたい”という今の自分の姿勢は、母親から学んだものです。」
「また、父方の祖母は海外育ちで“自分の主張を大事にする”という考えを持っていました。祖母の考え方と自分のアメリカでの経験が今の自分を形成していったと思っています。そういった感じでわたしはいろんな文化が組み合わさった家庭環境のなかで育ちました。」
違った環境で育った父方、母方両方の価値観をうまくご自身の中に取り入れられ、整理をされ現在の袖山さんがあるのだといいます。
その価値観の中で、彼女が人生で大切にしていることを伺いました。
「自分(の価値)を下げないこと。聞こえないからというのは関係ないです。今は筆談、UDトークなどいろんな方法を使ってコミュニケーション取れますよね。それで聞こえないというハンデは何とかなると思っています。」
自分の価値を下げない。障がい上のハンデがあっても、自分を卑下する必要はない。どうあるか、ではなくどうしていくか。常に前を向いて歩む彼女だからこその言葉でした。
「仕事はゲームと一緒」その言葉の意味とは?
彼女にとって仕事とは?そう伺うと「ゲームと一緒です。」そう答えられたのです。ゲーム?その一言だけでは多くの方は賛同できないかもしれません。しかし、彼女は続けてこう語るのです。
「自分は雇わられる側から脱却し、やりたいことを仕事としているので趣味的感覚がありますね。英語もやりたいからやっただけですし、仕事において勉強することも遊びだと思っています。例えば、本を出版したい時は、作品を出版社に持っていく(送る)などして自分を売る。相手が自分に興味を持ってくれたらこっちの勝ち。断られたらなぜ自分に興味を持ってくれなかったのかと自己分析する。断られたら落ち込むけれど、気持ちをすぐ切りかえて失敗を次に生かす。といった感覚で仕事をこなしています。ゲームと一緒です。そのステージで失敗すればゲームオーバーになりますが、そのたびに経験値が上がってクリアしやすくなりますよね。そういう考え方でやっていくと仕事でも苦しくないですよ。」
「1%さえあれば」0と1の大きな違い
最後に袖山さんは、障がい上何かを諦めてしまいそうなMedia116の読者へ向けて伝えたいことがあると言います。
「好きこそ物の上手なれ、と昔から言いますよね。もちろん最初は何をやれば良いかわからないのは当然なので、やりながら見つけていくのが良いと思います。1番はやっぱり自分の好奇心です。最初にいってみて無駄だったと思ってしまうとますますいけなくなってしまいますよね。でもいかないと(得られるものは)0だから。90%は無理でも1%でも自分のものにすれば良いと思うのです。とにかくやってみる、対応はそのあとで考える。先に悩んでしまったら時間の無駄。0と1でもその差は大きいと思います。1%でさえあればそこから何かしらに繋げられますよ。」
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