離島のB型作業所が地場産業「ふくぎ茶」を生み出した ~やりがいのある仕事が仲間に起こした変化とは?~
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ライター:Media116編集部
島根県隠岐郡、隠岐諸島は中ノ島、一島一町の海士町(あまちょう)という町をご存知ですか?人口は2,300人ほど、面積にして約33平方キロメートルの小さな離島の町です。Uターン、Iターン移住者合せて毎年100人前後の人が島外から転入し、20年ほど前に約100億円にまで膨れ上がっていた財政赤字から、奇跡の復活を果たした町として、実はちょっと有名だったりします。
10数年前、この小さな離島にある唯一の障害者施設「さくらの家」が、自主事業として島の家庭で飲まれていたお茶の製造を開始し、特産品を生み出しました。一般的に、障害者の作業所は、地方公共団体などから地域の仕事を請け負って作業を行いますが、それとは一線を画すこの取り組みについて、さくらの家 施設長の本多美智子さんにお話しを伺いました。
事業所や障害の種別を超えた居場所「さくらの家」
さくらの家は、2017年9月現在で登録17名、そのうち8~9名ほどの方が毎日通所する、就労継続支援B型の事業所です。本多さんに利用者の障害種別の構成など、さくらの家についてと伺っていると、「精神の方が多く、知的の方、発達障害の方もいらっしゃいます。でも結局、島内に障害者施設はうちしかありませんから全障害を受け入れていますよ。事業所の種別だって一応継続B型ですが、ニーズが合えばどなたでも。さくらの家は作業所であり“居場所”なんです」というお返事が返ってきました。
このさくらの家の自主事業として、2004年から製造されているのが「ふくぎ茶」です。従来通り、建物内の清掃や、岩牡蠣の種床作りといった、町からの依頼に応じる授産的な仕事も行なっていますが、事業所を別名「ふくぎ茶工房」と銘打つほど、今ではすっかりふくぎ茶作りがメインになっているのだそうです。
ふくぎ茶の原材料は、海士町に自生するクスノキ科の落葉低木、クロモジです。全国的には高級楊枝の材料として知られるクロモジですが、隠岐諸島では「ふくぎ」と呼ばれています。ふくぎ茶が面白いのは、もともと「葉」ではなく、「枝」をお茶の材料にしていたということ。海士町の家庭では、ちょっと出かけたついでにふくぎの枝をポキッと折って持ち帰り、煮出して飲む、といったように、生活に根付いたとても身近なお茶なのだそうです。「あとくちのスッキリとした清涼感のある香りが特徴で、煮出した木茶はほんのりピンク色をしています」(本多さん)。
制度改革による利用者負担を何とかしたかった
さくらの家でふくぎ茶を製造するようになったのは、10数年前、海士町に住んでいたIターン移住者の1人から、ふくぎ茶を特産品として製造する提案をされたことがきっかけでした。本多さんご自身はUターン移住者のお1人で、元はと言えば海士町出身。ふくぎ茶はあまりに身近すぎて、「これが売れるの?」「仕事になるの?」という戸惑いがあったそうです。
しかし、ちょうどその頃、障害者自立支援法(のちの障害者総合支援法)の施行(2006年4月)を控え、新制度下では利用者が事業所に“利用負担金”を支払わなければならなくなることが分かりました。本多さんは「利用者さんの負担金を考慮し、なんとかして工賃を上げられないか」「何か自主事業を始められないか」と考えたそうです。そして折しも、島外からの移住者によってふくぎ茶に立てられた白羽の矢。本多さんは、「とにかく仕事を探していたので、やるしかないという勢いで取り組みました」と、当時を振り返ります。
仲間全員の力を合わせて作り出す特産品
ふくぎ茶作りは、品質にこだわってほぼすべての工程を手作業で行います。。特に検品は入念に手間暇をかけるのだそうです。現在の作業工程は、実際に仲間の皆とふくぎ茶を製造していく中で、試行錯誤しながら少しずつ確立されてきたといいます。従来通りの授産型の仕事では、大抵の場合、仕事内容によってできる人が決まっていて、皆さんに携わる仕事が固定されてしまいがちです。一方、「ふくぎ茶作りは、すべての仲間がそれぞれの能力にあった工程を担当し、全員が必ず何らかの形で携わっています。そこがとても魅力的な事業だと思います。今では全工程中どこを誰が担当するか、自然とと役割分担ができているんですよ」と、本多さんは語ります。
ふくぎ茶作りの作業工程
1. 山でクロモジを採集
2. 干して乾燥
3. 乾燥させたクロモジを葉と枝に分別
4. 枝を掃除して太さ別にはさみで断裁
5. 葉の軸を取り除く
6. 洗浄
7. 乾燥
8. 検品
(1) 丸まった葉を一枚ずつ広げて異物を除去
(2) いたんだ枝葉を除去
9. 葉と枝をミキサーで粉砕
10. 粉末状になった枝はティーバッグ用、枝の形状に残ったものは煮出し用
11. ピンセットを使用して粉末を検品
12. 既定の割合でブレンドしてパックするなど製品加工
製品ラインナップは、昔ながらの枝木を煮出すタイプ、葉っぱと枝を独自にブレンドしたティーバッグタイプ、高級感のある香りが特徴の花茶の3種。煮出すタイプは、2~3センチほどに切った枝木を水から煮出します。ティーバッグタイプはさくらの家が独自開発したもので、煮出す必要が無くお湯を注ぐだけで手軽に楽しめます。花茶は、3~4月頃に咲く花を乾燥させたもので、お茶は黄色く高級感のある独特な香りがあります。お湯を注いで2~3分蒸らすと乾燥したお花が戻って見た目も美しく、「最近、茶道の先生に気に入っていただいているんですよ」と、嬉しそうな本多さん。
ふくぎ茶作りが仲間のやりがいに
ふくぎ茶の製造を始めてから、さくらの家には安定的に仕事があります。フルで仕事があり、収入が発生する。それにより、多数の方にポジティブな変化をもたらすことになります。
それまで休みがちだったある方は、ほとんど毎日通所するようになり、生活のリズムが整って体調面にも自信を持てるようになったそうです。また、「これは無理」とすぐ投げ出していた方が、今では全工程を任せられるほどに力を伸ばしたり、一度発作が出ると一週間から10日ほど休んでしまっていた方が、軽い発作が出ても少し休憩をしてから自らすすんで作業に復帰できるようになったりと、本多さんはふくぎ茶作りによって「仲間の仕事に対する意識が変わったのではないか」と感じています。
また、手間暇がかかる検品作業の中でも、乾燥して丸まった葉を一枚ずつ広げて確認する葉の検品作業は一際根気のいる作業だそうなのですが、そこで持ち前の集中力を発揮するようになったのが、発達障害を持つ方。「親御さんから『こんな能力があったとは知らなかった』と言うお話をいただいたんですよ」と、本多さんも嬉しそう。
仲間の今後への理解と事業継続への葛藤
さくらの家でふくぎ茶の製造を始めて10年以上が経ち、本多さんは仲間に対する影響のほかに、その売行きにも手応えを感じています。「もう少し生産量を増やしたい」と考えているものの、実際にはここ数年下降気味とのこと。人手なのか工程なのか、事業を見直し、利用者の高齢化が影響しているのではないかと本多さんは分析しています。
現在登録されている17名の方のうち、40代以下は5名で、そのほかは55歳以上。作業できる日数や効率を考えても、高齢化に伴って変化していくでしょうし、また「5年後10年後の利用者さんたちの年齢を考えると、仕事よりも余暇活動を増やし、作業所よりも居場所としての役割に重点を置いていくべきなのかもしれません」と、葛藤する胸の内を語ってくれました。一方で、「さくらの家に来ても仕事が無いという状況になってしまうのが、利用者さんたちに一番失礼。生産量が減って売上が落ちても、できる限りこの事業は続けていきたい」と本多さんは言います。
離島の作業所で作られ、独特の香りと味わいを持つ特産品、ふくぎ茶。その誕生のときからずっと、作業所を利用する仲間への温かい気持ちが寄り添い続けています。仲間に生産者としてのプライドを育んでくれる唯一無二のこのお茶を、より多くの人がいつでも楽しめるように、これからも末永く続いていって欲しい、と願わずにはいられないのでした。
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