Youtubeチャンネル「とりすま」がつくる、誰かが一歩踏み出すきっかけ 〜障がい当事者のリアルと挑戦を発信する〜
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ライター:寺戸慎也
車椅子でパラグライダーに挑戦する様子、さまざまな障がい当事者のインタビューなど、思わずのぞいてみたくなるコンテンツ……。「とりちゃん」の自然な語り口で、普段は重くとらえがちな障がいにまつわる話を、構えずフラットに知っていける。「とりすま」はそんな障がいに関する入り口になっているYouTubeチャンネルです。
ベッカー型筋ジストロフィーの当事者で、YouTubeチャンネル「とりすま」の配信者、鳥越勝さんにチャンネル立ち上げの背景から、発信に対する想い、これからの展望についてお聞きしました。
※とりすまチャンネルの親しみやすい雰囲気をそのままお伝えするため、本記事では鳥越さんのことをチャンネル内の呼称「とりちゃん」で表記します。
「これからどう生きたいか」という問いから、病気だからこそできる活動へ
「当時は、筋ジストロフィーだからこれはできない、こうしなければいけない……みたいに、自分で決めたというより、病気に決められさせられていました」
今から約7年前 、30歳の頃にそう気づいたと語るとりちゃん。会社員としてフルタイムで働いていた時期でした。自身が筋ジストロフィーであることを周りにオープンにし始めたのも、この頃でした。
とりちゃんは12歳で、難病「ベッカー型筋ジストロフィー」の診断を受けました。
筋ジストロフィーには「ベッカー型」の他に「デュシェンヌ型」など複数の型があります。多くの方は「筋ジストロフィー」と聞くと、電動車椅子に乗っていたり、呼吸器を付けている方々をイメージされるかもしれません。
とりちゃんが診断されたベッカー型筋ジストロフィーの進行は比較的緩やかで、30歳になる頃まで周囲に病気のことを隠して働いていました。
「30歳頃、今の仕事を続けていていいのかなと思ったんですよね。
無理して“普通”のふりをして仕事をしていたけど、病気が進行してきた時期で、隠すのも大変になっていました。そんなときに、ある人から『これからどう生きたいの?』と聞かれたんですけど、全然答えられなかったんです」
その頃から、とりちゃんは、さまざまな障がいのある人たちに会いに行くようになり、自分自身と向き合いはじめます。
「数ヶ月経った頃にふと“病気で生まれたことに、意味があるんじゃないかな”と気がつきました。そこから、病気だからこそできることをやっていこうと思いました」
その後、とりちゃんは、障がいがある方との出会いや、自分の想いをFacebookで発信していくようになります。
障がいのある方々のインタビューや自分自身のチャレンジを発信
▲パラグライダーに挑戦するとりちゃん
YouTubeを始めたのは、病気をオープンにしてから1年後のことです。
とりすま/障がいや難病のある当事者やご家族のための情報チャンネル - YouTube
障がいや難病に関わる方々の「互助コミュニティ」を運営するイースマイリーの代表「おさむちゃん(矢澤修さん)」は、とりちゃんのFacebookでの発信を見て、Youtubeをはじめることを勧めてくれました。「テキストでは伝わりにくい空気感やキャラクターが届けられるかもしれない」という言葉に背中を押されて「とりすま」をスタートさせました。
「最初は使命感が強くて、“当事者として発信しなきゃ”って感じだったんです。でも今は、自分も楽しみながらやれてるかな。力が抜けたというか。最初は台本を読んでる感じだったんですけど(笑)、今は自然に話せていると思います」
動画のインタビューでは、とりちゃんの醸し出す柔らかい雰囲気、自然な会話のキャッチボールを通して、出演者の本音を引き出していきます。出演した方々の多くが「普段話さないけど、“とりすま”では話すことができた」と言ってくれるそうです。
チャンネルを開設してから約5年間の中で、とりちゃんがもっとも印象深いのは、小学3年生の女の子との動画。
「小学校3年生だけどめちゃくちゃしっかりしてて。もう40万回以上再生されてるんですけど、コメントもたくさんついていて、すごい影響力だなと思いました」
他にも、とりちゃん自身が車椅子でパラグライダーに挑戦したことも印象に残っていると言います。
「パラグライダーの動画については、怖くなかったの?ってよく聞かれます(笑)。高すぎて、逆に実感がなかったかもしれないですね」
▶一番再生されているキッズモデル「のんちゃん」の動画
▶ とりちゃんがパラグライダーに挑戦した動画
見た目ではわかりにくい障がいの苦労
とりちゃん自身にも、見た目でわかりにくい障がいゆえの苦労があります。
▶ふらっとモーニングという企画内で、とりちゃん自身のことも話しています。
「僕の場合は車椅子に乗らずに歩くこともできます。でもそうすると、難病があるように見られません。また、症状のひとつである“疲れやすさ”もイメージしにくい。職場に時短勤務やフレックスタイムにしてほしいと伝えたこともあるのですが、通らなかったこともあります。
若い時に優先席に座っていて『なんでこいつが座ってんだ?』みたいに見られたり。筋ジストロフィーと聞くと電動車椅子に乗っているようなイメージが強いので、障がいがあることを伝えると、びっくりされることもあります」
徐々にできないことが増え、段々と障がい者になっていく……と、とりちゃん自身が語ってくれました。障がいを受け入れていく際の心の揺れ動き、心理的な苦しさは、進行性の障がい特有の難しさです。
「思春期には、人と違うことが嫌なので隠していました。それがそのまま続いていて、誰にも言えなくて苦しかった時期もあったかな。12歳で診断はされたけれど、学校も地域の普通学校で、普通の人として過ごしていました」
Youtubeの活動と並行して、おさむちゃんと一緒に、障がいのある方と疾患別のグループで座談会も開催。とりちゃんはファシリテーションを担当しています。
「筋ジストロフィーでも型が違うと困りごとや症状が違うんです。同じ疾患だからこそ、困りごとを共有できたり、進行性の病気の場合、先輩の話を聞いて、これから自分がどうなっていくかを知ることができると、不安が少し軽くなることもあります」
テクノロジーの発展で障がい者ができないことは減りつつあります。同時に、その状況に制度が追いついておらず、働くことに対する悩みもつきないと言います。
「訪問介護は元々生活のための仕組みで、仕事に関しては駄目というルールがあります。だから仕事中は訪問介護を使うことができませんでした。
自治体によっては新しい制度が整備されて(※)、仕事のときにも訪問介護を利用できます。そうすると働く上での問題も解決するんですけど、『うちの自治体では導入してないから』と言われて使えない場合もあります」
※厚生労働省が 2024 年度から本格実施している「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」 に自治体が参加すると、就労時間帯でも重度訪問介護・同行援護・行動援護と同等の支援を公費で手当できます。ただし、全ての自治体で導入されているわけではありません。
参考:雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業内示自治体(令和6年度)|厚生労働省
重度障がいがあり働きたい方が、訪問介護を利用できずに就職できない事例もあります。
「私だって、消費者」28歳女性が、就活で感じている壁|Meria116
「とりすま」の発信を通じて、誰かが一歩踏み出すきっかけを作りたい
「環境を改善していくことで障がい者でもできることがあると証明したい」という、とりちゃん。
視線入力、文字盤など様々なデバイスやサポートを駆使して、講演などをされている筋ジストロフィーやALSの方もいます。音声の読み上げ機能もあり、障がいのある人たちが発信できる環境は整ってきています。
「とりすま」では、筋ジストロフィーなど障がいを抱えながらも、様々なことにチャレンジをしている方々のインタビュー動画が公開されていますが、その中でもeスポーツプレイヤーとして活躍されているJeniこと畠山駿也さんの動画が目を引きます。
「出演してくれている方々は、めちゃくちゃいい話をしてくれてるんで、インタビュー動画が届く人を少しでも増やしたいです」
2025年以内に1万人のチャンネル登録者達成を目指しているという、とりちゃん。現在は新企画として、恋愛や公共交通機関でのできごとなど、賛否両論が出そうなテーマを扱う“とり賛否”シリーズをスタートさせました。また、車椅子で旅に出るなど、新しい企画も構想中とのこと。
「誰かが一歩踏み出すきっかけを作りたいと思っています。コンテンツを見てくれた人の何かが変わるのもそうですし、自分で動画を撮影編集しなくても『とりすま』出演が発信の機会になることもひとつのきっかけです。チャンネルに出てくれた人の成功体験にもなればいいなと思っています」
また、「とりすま」で配信されている、困難に向き合い乗り越えてきた人の姿は、誰にとってもヒントになることがたくさんあります。
「出演してくれている方々は、日々を大切に生きてる人が多かったり、直面してるものが大きかったりするからこそ、つらいことがあったときの困難の乗り越え方などを聞くことで、障がいの有無に関わらず、多くの人に勇気や希望も届けられるし、私も頑張ろうかなと思ってもらえると思っています」
最後に、とりちゃんにMedia116の読者の皆さんにメッセージをもらいました。
「ぜひ、車椅子でのパラグライダー動画を見てもらえたら嬉しいです!(笑)
インタビューでは素敵な方々がたくさん登場してます。全部見てくださいとは言わないので、気になったものから、ちょっとずつでも覗いてもらえたらうれしいです。
誰でもSNSで発信できる時代です。障がいがあってもなくても、何か伝えたいことがあるなら、一歩踏み出してみてほしいなって思います。僕のチャンネルに出て喋ってみたい!っていう人も、ぜひ声をかけてください」
ショート動画や、長尺の討論会などトレンドも取り入れつつ、障がいのある当事者や支援者以外の一般の方々にもわかるような形で届けたいというとりちゃん。多くの人々にきっかけを届ける挑戦は、さらに広がっていきます。
とりすま/障がいや難病のある当事者やご家族のための情報チャンネル - YouTube
最近スタートした新企画「とり賛否」の再生リストはこちらから
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ライター 寺戸慎也
システムエンジニア〜介護職を経て、現在は若者支援分野の相談員。フェルマータ合同会社を共同起業し、発達障害当事者とともにつくるタスク管理アプリ「コンダクター」をリリース。趣味はバンド活動。
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