「私だって、消費者」28歳女性が、就活で感じている壁
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ライター:aki
こちらが質問をすると「理由はふたつあって…」と、すぐに整理をされた受け答えが返ってくる。話し方はおだやかでおっとりとしているが、彼女の芯の強さや頭の回転の速さが会話のいたるところで感じられる。
地元の北陸を離れて、愛知県で一人暮らしをして10年目の久田李菜(きゅうた・りな)さん。
インスタグラムのアカウントを持ち、美容やファッションにも関心がある28歳の女性だ。現在就職活動中でもある。
しかし、彼女の就職活動は面接にこぎつけることさえ難しいという。その背景について聞いた。
大学卒業後、障害者サポートの仕事を
取材と打ち合わせはオンラインで実施。
大学卒業後、約4年半にわたり、社会福祉法人で仕事をした。
障害のある人が地域に出て暮らすことを支援するのが主な業務で、当事者の様々な悩みの相談にも応じてきた。
「障害のある人は、例えばちょっとした金銭管理も未経験です。生活のいろいろなことを経験していないので、“あなたのやりたいことはなに?”とたずねても、何もでてこない人がとても多いんです」と話す。
そんな久田さん自身、障害の当事者でもある。
彼女にもたくさんの「未経験」があった。家族でコンビニに行くとき、いつも車の中で待っていた。一人暮らしをするようになって、初めて自分でコンビニに行って「食べ物以外にも、文房具や化粧品もおいてあるんだ!」とおどろいた経験がある。
彼女の障害は脳性麻痺で、車いすを利用している。着替え・食事・トイレ・入浴といった、日常の様々な場面で介助が必要だ。いわゆる「重度身体障害」にあたる。だが久田さんの場合は、人前で話したり文字を書くことはできる。
新幹線車内で。久田さんの日常の移動は車いすが必要だ。
久田さんは、特別支援学校の高等部卒業後、大学に進学。同時に福祉制度を利用しながらの一人暮らしをはじめた。周囲の人たちのサポートを受けながら、勉強をしたり遊びに行ったり、充実した大学生活を過ごした。
「障害があるからあきらめるしかない」という考えは大学時代の友人たちが変えてくれた。
「できない理由を口にせず、どうしたらできるかを考えてくれる」
そんな友人たちと知り合えた。「みんなといるときは、自分の障害を忘れることができた」という。
大学の友人たちとの大阪旅行。下段中央が久田さん。
就職後は、当事者としての支援(ピアサポーター)をつとめた。仕事の大変さも経験したが、「収入があるから、できることが増える」ことを実感した。
服や家具を自分自身で選ぶなど、「これ“で”いい」ではなく「これ“が”いい」という選択肢を持てることの喜びを感じた。
「重度身体障害である自分自身が、福祉ではない業界で働いて暮らしてみようと思いました。いろいろな経験をすることで、障害のある人や社会に対して、伝えられることがあるんじゃないかな…と」
自分で選んだカーテン。久田さんのお気に入りだ
久田さんの発想力と、しなやかな強さ
「私だって消費者」という、この記事のテーマは久田さん自身の発案だ。
「小さいころから、いろいろ言語化して表現したり発信するのが好きだった」と話す。
現在は所属する障害者団体からの依頼で、大学の授業で講師を務めることもある。
働く意欲も高い。自分の就労可能な日数として「週三日」というイメージもある。自己分析は冷静だ。社会の現実を、ありのままに見つめる目も持っている。
そんな彼女が面接さえできないのが、今の現実だ。
一般企業の障害者雇用の枠では、久田さんのような重度身体障害の人が働くことが想定されていない場合が多い。
一般企業が難しいならばと、障害者向けの「就労移行支援事業所」の検討もした。しかし清掃業や軽作業などが中心で、身体機能に制限の多い久田さんにとってはむしろ負担が大きい。
久田さんのインスタグラムより。
車いすでポストに手紙を投函する難しさなど、日常の様子を発信している。
面接の手前にある、いくつもの壁
「重度身体障害」にあたる久田さんの場合、障害者雇用の枠での就職を目指すことになる。転職エージェントや、求人情報サイトへの登録からはじめ、担当者に希望の勤務形態や障害の状況を伝える。
エージェントをつとめる人の中には福祉業界経験者や障害者雇用について詳しい人もいて、親身に話を聞いて対応してくれることも多い。
だが「検討しますね」といったあと、具体的な話までたどりつかないことばかりだという。
「重度身体障害の方の雇用の前例がない」
「介助の人が社内にいることのセキュリティ上の問題」
「そもそも建物が車いす移動不可」
半年以上の就職活動の中で、前提条件の段階で折り合わないことがほとんどだったという。
この記事を掲載しているMedia116は、株式会社ゼネラルパートナーズが運営している。障害者の雇用や就職のサポートに力を入れている会社だ。実は、久田さん自身の就職活動を通じて出会った。しかし、彼女の就職につなげることができなかった。
久田さんが実際に企業の担当者との面接ができたのは昨年の11月以降で1社だけだ。だが採用にはいたらなかった。
「それでも面接で落ちたなら、自分の力不足だと納得できるからいいんです」と久田さんはいう。だが多くは面接すらしてもらえない。
「たとえばトライアル雇用とか、インターンとか、試しにやらせてもらえますか、という話にも持っていけないんです」
さらに、彼女の場合は就労時に安定して介助をしてくれる介助者も決めなくてはならない。
だが、仕事が決まらない段階では募集をできず、逆に介助者が決まっていなければすぐに仕事をすることができない。
法律が整備されて、世の中の多様性を重視する風潮や社会モデルが話題になっているが、「必ずしも当事者の意見が反映はされているわけではない」というのが久田さんの実感だ。
仕事中は使えない?!重度障害の訪問介護
仮に就職が決まったとしても制度の問題が立ちはだかる。
参議院議員選挙で、れいわ新選組から重度の障害がある候補者が当選したのは2019年の夏、今から3年前だ。そのときにも話題になったが、重度の障害がある人が介助を利用する「重度訪問介護」は、仕事中にはつかえない。「重度障害の人は働かない」という前提で作られているかのような制度だ。現状に合っていないとの議論があった。
就労中に身体介助を受けるための国の施策「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」(※1)の導入は2020年度からはじまっている。しかし、福祉施策の実施主体は各自治体だ。久田さんの住んでいる自治体は、制度を導入していないことがわかった。「これでは就職活動も振り出しに戻ってしまった」と声が沈む。
厚生労働省では、現在も重度障害のある人の就労についての検討はされている。
「障害者がより働きやすい社会を目指すためには、働く際に必要となる介助などの支援の在り方は重大な課題」(※2)とされてはいるが、施策は一部の自治体での実施にとどまっている。
ただ、こうも話してくれた。
「当事者・福祉制度・企業の三者が歩み寄りながら、じっくり検討できる形であればいいなと思うんです」
制度に柔軟性があって、時間をかけて検討できる余地があるなら、なにかできることがもっとあるのかもしれない。
行きつけのお店で
私も消費者。だから一緒に考えたい
以前の仕事をしていたとき、平日の午前中に出勤で家を出ると近所の人にこう声をかけられた。「どうしたの?お出かけ?」
また、街に出ると店頭の呼び込みの人とは「目が合わない」という。
そんなとき、「世の中の生産や消費の外側の存在」にされていると感じる。
「大学で授業をやったときの感想で多いのが“障害があるのにすばらしいです”というものです。ですが、その言葉は、“頑張っている障害者”としての印象だけが強調されていて、“自分とはかかわりがない話”と一線が引かれている感じがします。
そこにとどまらずに、学生のみなさんにはもう一歩踏み込んでもらいたい。自分には何ができるかを考えてほしいんです」と話す。
大学で講義をする久田さん
「私たちが生きる上で、障害者だからっていうのは必ずつくんです。障害者だからこうであろうと。でもちょっと立ち止まって自分に置き換えて考えてみてほしいんです。
あなたが知らず知らずにやっているその行動を、自分がされたらどう思いますか、と。
先入観を持っていませんか、 固定概念を持っていませんか、と」
一方で「視点を変えれば自分の経験を発信できる立場でもある」と前向きにとらえている。
自分にできる発信を、SNSやこうした取材記事を通じてつづけたいという。
「いろんな壁がたくさんあって、“もう抱えきれないから、みんなで一緒に考えて~!”と言いたい気持ちです」
両手を大きく広げたジェスチャーをしながら、茶目っ気のある笑顔で話してくれた。
私たちにできるのは、まずは考え続けること。そしてこれからも、久田さんの発信を微力ながら手伝っていきたい。自分にできる形で、応援を続けたい。
友人とワッフル屋さんで。
【久田李菜さんのSNS情報】
nonfiction___2022
日常のあるあるを、友人と一緒にイラストを使って発信中。
____qtaaaa____
kyutaRina✳︎皆さんの知らない景色を届けます✳︎車椅子女子の日々のブログ。
ミセス関西コレクションファイナリストとしてのアカウント。
※1 「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」の実施に向けた対応状況等について 第100回社会保障審議会障害者部会(令和2年8月28日)資料2(抜粋)厚生労働省より
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000675279.pdf
※2 「障害者就労に係る最近の動向について」第99回(令和2年3月4日)厚生労働省 より
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000602801.pdf
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ライター aki
ASDの長男と、たぶん定型発達の夫と暮らしています。私自身は診断をうけていませんが、おもちゃを一直線に並べて遊ぶ子どもではあったらしいです。 Twitter: https://twitter.com/akiko_m_psy10
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