障害者の当事者ニーズとデザインアイデアのベストバランスとは? ~超福祉展プレイベント「リスクに向き合うデザイン」に参加して~
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ライター:Media116編集部
11月7日(火)〜13日(月)に渋谷ヒカリエほか、渋谷の各所を舞台に開催される「2020年、渋谷。超福祉の日常体験しよう展。(通称:超福祉展)」。2014年にスタートし、今年で4回目となる同イベントは、障がい者や高齢者、LGBTなどのマイノリティ、そして福祉そのものに対する「意識のバリア」を取り外し、マイノリティの存在をマイナスからゼロではなく、「かっこいい」「かわいい」と憧れの対象まで押し上げようと企画されたもの。
従来の福祉の枠に収まらないアイデアやデザイン、テクノロジーで超える福祉機器や開発者を数多く紹介している。
その開催に先駆け、10月25日(火)、サテライト会場の1つである代官山 蔦屋書店で、プレイベントとしてスペシャルなトークショーが行われた。
テーマは「リスクに向き合うデザイン」。デザインという行為はそのものの価値を向上させるものであると同時に、常に事故などのリスクとその責任にさらされているのが現状。一方、度を越したリスク回避が、まちづくりや福祉など本来の目的を見失わせ、社会事業のイノベーションを阻んでいることも課題である。
そのような現状を踏まえ、あらためてリスクに対するリテラシーやルールを見直し、ニーズとデザインアイデアが上手く融合した新しい福祉デザインのスタイルを模索できないか。プロジェクト・デザイナーの広瀬郁さんがファシリテーターとなり、磯村歩さん、遠藤幹子さん、今泉真緒さん、3人のゲストスピーカーがそれぞれこれまで携わってきた仕事を振り返りながら、意見を交換した。
当事者を無視した、過剰なリスク回避の現状
ゲストスピーカーの一人、磯村歩さんはセグウェイや電動自転車など「パーソナルモビリティ」と呼ばれる1人乗りのコンパクトな移動支援機器を、街の新たなインフラとして地域に導入する活動を行っている。その現場で磯村さんが感じているのは、「高齢者向け、障がい者向けなど特定の人に向けた見え方では、当事者がモビリティを使いたがらない」ということ。
目的は、自動車を運転できない高齢者などが、モビリティを活用することで生活が便利になることだとしても、「高齢者用」のイメージが付いたものには抵抗があるのだとか。あくまで、「地域みんなのもの」というスタンスで導入することで、モビリティ利用者自身が抱く「マイノリティである」、「弱者である」というマイナスイメージが払しょくされ、利用率が上がるのだ。
また、モビリティを導入しようとすると、すぐに「危険だ、事故が起きる」と声が上がりがち。しかし、「実際に体験すると、リスクの捉え方は変わるもの」。自身が身をもって体験した上で、どこが危険なのか、どうしたら事故につながるのか、それを話し合い、的確なルールを作る。何も知らずにリスクばかりを叫ぶのではなく、利便性や楽しさなどのメリットに目を向けた上で、それを適切に享受できる環境にするためには何をすべきかを考えることが必要だ。
とは言え、特に既存の福祉の現場では過剰なリスク回避が行われがち。磯村さんも「とある介護施設でモビリティを導入したはいいが、当事者は乗りたがっているのに職員は『危険だから』と乗せようとせず、何のためのモビリティか?と思ってしまった」という経験を語った。
また「病院やリハビリ施設だと、車椅子でちょっと転んだだけで大騒ぎ。そんな過保護な状況が当たり前だった。でも、ある日車椅子ラグビーの見学に行ったら、車椅子同士が派手にぶつかって、転んでも何事もなく笑い合っている様子が衝撃的で、自分もやりたいと思った」とは、ある車椅子ラグビーの日本代表選手が競技を始めたきっかけ。
当事者の想いよりも、責任の所在に意識が向かいがちなのが、現在の日本の福祉の現場の課題であると言えるかもしれない。
「自己責任」というメンタリティこそ、一番のリスクヘッジ
建築家の遠藤幹子さんは、国内で親子の居場所としてさまざまな公共・民間施設の建築デザインを手掛けているほか、オランダへの留学経験もあり、現地の保育園の遊具のデザインなどにも携わってきた。
オランダには運河がたくさんあり、人々の暮らしに溶け込んでいるのだが、運河のまわりには柵を付けないのが普通なのだという。柵を付けることで安全への過剰な期待が生まれ、かえって運河に落ちる人が増えるからというのがその理由。落ちないように気を付けるのは自分の責任として当たり前のことで、そこに意識を向けるのではなく、「もし落ちた時、溺れないためにどうするかが重要」と考えるのがオランダスタイル。
そのためのトレーニングとして、着衣水泳が学校の授業などで行われ、いざという時の対処法を自身の力で身につけるのだとか。
遊具のデザインについても同様で、「『リスク』と『ハザード』を取り違えてはいけない」と遠藤さん。「『リスク』とは必要悪。危ないことの経験を積み重ねて、自分で自分を守る力を養うためのものです。一方、『ハザード』はあってはならない命にかかわる危険です」。
国交省による日本で最初の遊具の安全規準「都市公園における遊具の安全確保に関する指針」の中でも、
「子どもは、遊びを通して冒険や挑戦をし、心身の能力を高めていくものであり、それは遊びの価値のひとつであるが、冒険や挑戦には危険性も内在している。
子どもの遊びにおける安全確保にあたっては、子どもの遊びに内在する危険性が遊びの価値のひとつでもあることから、事故の回避能力を育む危険性あるいは子どもが判断可能な危険性であるリスクと、事故につながる危険性あるいは子どもが判断不可能な危険性であるハザードとに区分するものとする。」
と示されている。しかし、一部の人が『リスク』を振りかざしてクレームを上げることで、「もっと安全に、さらに安全に…」と過剰なルールばかりが作られ、結局、何もない、何もできない状況に陥ってしまっている公園は少なくない。
遠藤さんは「遊びの意義、遊びによってもたらされる良い影響をまず掲げて、それをもとにリスクとハザードを曖昧にしない議論を重ね、判断することが大切」と語る。
これは障がい者や高齢者の福祉の現場にも当てはまることで、「可能性を伸ばす」、「やりがいや楽しさを増やす」など、当事者にとっての良い影響を第一に考えた環境作り、ルール作りが理想的な姿だろう。
「超福祉」のデザインが変える、福祉の未来
展示プランナー・デザイナーである今泉真緒さんは、遠藤さんとともに「遊び場のデザインと安全」をテーマにした勉強会「Make Play Safe」を開催している。主に遊び場の作り手を対象に、講師を迎え、安全かつ創造的な遊び場を作るための議論を交わす場だ。
「今は、誰もが作り手になれる社会。しかし、プロの視点で使い手に『ヒヤリハット』の共有をすることが大切」と語る。
この『プロの視点』というのがキーワードで、トークイベントの後半、障がい当事者から、こんな質問が挙がった。「デザインをする際、どのくらい当事者の声を反映していますか?当事者目線で作れば、自ずとリスクを避けられるものが作れるのでは?」。
それに対し、磯村さんは「確かに当事者目線は大切。しかし、必ずしも当事者からソリューションが出てくるわけではない。ある程度、第三者の目線でイメージしたものを提供し、それに対して当事者から意見をもらい、ディスカッションを重ねて改善していくことで良いものが生まれる」と自身の意見を述べた。
当事者と言っても障がいの度合い、種類、そしてニーズは人それぞれ。だからこそ、それを俯瞰できる第三者としての視点で、クリエイターが作り手の理論を優先したものを提示する。そこへ実際にそれを利用する人の意見を加えてより良いものにしていくのが、作り手も使い手も両方が幸せな「理想のデザイン」のあり方だ。
自分自身や周りの過剰なリスク排除の意識が、マイノリティを弱者にしているという側面は否めない。第三者の提案や介入により、世界が広がり、可能性を感じ、多くの刺激とアイデアを得ることで、マイノリティが弱者でなく「かっこいい」「かわいい」と憧れられる対象に変わるのは、決して夢の話ではない。
そんな、マイノリティ×クリエイターの想いが詰まった次世代の福祉デザインが集結するのが「超福祉展」。磯村さんがプロジェクトを取りまとめている「SHIBUYA FONT」もその一つ。障がい者が描いた文字や絵などのアートを、デザイン学校の学生がデザイン化し、さまざまなプロダクトに展開するというもので、超福祉展ではあっと驚くようなダイナミックな作品を展示する予定だ。
渋谷ヒカリエ8階「8/(ハチ)」をメインに、ハチ公前広場など渋谷の街中9か所の会場でさまざまな講演、体験イベント、展示などが行われる。マイノリティも健常者も関係なく、福祉の明るい未来を思い描き、実現に向けて動き出すきっかけになるはず。
超福祉展ホームページ
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