【イベントレポート】 IBDとはたらくプロジェクト「自分らしくはたらく」を考える:後編
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ライター:Media116編集部
5月18日(土)、秋葉原のUDX ギャラリーにて「IBDとはたらくプロジェクト」のキックオフイベントが開催されました。IBDとは、国から難病に指定されているクローン病や潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease)のこと。「IBDとはたらくプロジェクト」とは、IBD当事者が自分らしく働いていくことを支援するため、ヤンセンファーマ株式会社が立ち上げたプロジェクトです。今回は前回の記事に続き、本プロジェクトのキックオフイベントを紹介する後編。IBD当事者と専門家によるパネルディスカッションの様子をレポートします。
【パネルディスカッション】 専門家に聞いてみよう就職・就労継続のライブ相談会!
今回のイベントの後半に行われたのは、医師と就労移行支援のプロ、そしてIBD患者3名によるパネルディスカッション。IBDと付き合いながら「自分らしくはたらく」をテーマに、3者3様の働き方をしている中でのそれぞれの思いや体験談をシェアしていただきました。
<パネリスト紹介>
江﨑幹宏先生
佐賀大学医学部付属病院高額医療診療部の部長および診療教授を務める。消化器の研究を専門とし、IBD治療における国内第一人者として数多くの治療に携わる。日本消化器学会では評議員、指導医などを務めるほか、受賞歴も多数。
藤大介さん
株式会社ゼネラルパートナーズが運営する「atGPジョブトレ ベネファイ」施設長。難病専門の就労移行支援事業を行い、疾病と上手く付き合うための症状理解やストレスマネジメント、具体的な職業適正の把握などの職業トレーニングを提供。
宮内さん(30代・クローン病当事者)
専門学校卒業後、理学療法士として従事する中、クローン病を発症。病気を理由に人生を後悔したくないとの思いから公認会計士を目指し、見事合格。監査法人や会計事務所を経て、現在はさらなるキャリアアップを目指し、英語などの勉学に励む。
くわっちさん(20代・潰瘍性大腸炎当事者)
中学在学時から症状があり、高校入学直後に潰瘍性大腸炎と診断される。商業高校で学んだビジネスマナーやデザインなどを活かしながら、フリーランスとしてデザインの仕事に従事。個人ブログの運営やライターとしても活躍中。1児の母でもある。
さっちんさん(20代・クローン病当事者)
大学在学中にクローン病を発症。卒業後、英語系の専門学校を経て商社に就職。症状が悪化し病気について伝えたところ、経理へ異動となり転職を決意。現在は輸入商社の営業として英語を使って海外出張もこなし、念願のキャリアアップを果たす。
当事者なら誰もが直面する悩み 症状や視点によって答えはさまざま
まず最初に、IBDを抱えながらはたらくゲスト3名が質問に「○」か「×」で回答し、実際にあったエピソードを語ります。それに対し、江﨑先生と藤さんが専門家の目線からコメントくださいました。「職場へ病気のことを伝えている?」「働き方で悩んだことはある?」など、当事者なら誰もが直面する問題について、同じ病気でも視点の異なる3名のリアルな回答は必読です。
Q.病気について職場関係者へ伝えていますか?
さっちんさん→NO
「前の会社で病気について打ち明けたところ、会社側の配慮で人事異動となり、やりたい仕事が出来なくなった経験があるからです。それを避けたいという思いから、転職後の職場では病気について公表していません」
くわっちさん→YES
「私は現在、アミューズメント施設と託児所で働いています。面接の時に病気について話し、感染力はないこと、トイレの配慮が必要なことなどを伝えました。上司には『病気のことも隠さず伝えてくれたから、逆に安心した』と言われました。もちろん受け入れてくれる職場ばかりではないけれど、必ず自分に合う職場はあると思います」
宮内さん→YES
「症状の程度によっては伝えなくても問題ないのかもしれませんが、私には食事制限もあり、適切な配慮が得られるという意味でも伝える派です。面接で持病の有無について確認されたこともありますね」
江﨑先生:
「できることなら伝えた方が、配慮を得られるという意味でもメリットは大きいですね。もちろん、さっちんさんのようなケースもあるので、個人個人の状況によって判断していただければ。でも症状の重い方は、会社の人に伝えた方が何かと助けが得られるので安心です。中には、毎回職場の方に付き添われて通院される患者さんもいらっしゃいますよ」
Q現在の職場環境や働き方について悩んだことがありますか?
宮内さん→YES
「サラリーマン時代に出張が多い仕事をしていたことがあります。もともと食事制限についての不安はありましたが、移動が続くと思いのほか疲れてしまうことに気がつきました。悩んだ末、上司に相談すると、自分にとって無理のない範囲での出張にとどめてもらうという配慮が得られるようになりました」
くわっちさん→YES
「アミューズメント施設での接客業は、エアコンの風で体が冷えてしまうので、制服の下にTシャツを着ても良いか相談したことがあります。また、従業員には仕出し弁当が用意されるのですが、私は食事制限があるためお弁当を持参しています。そのことについて周囲にどう思われているか悩んだことはあります。現在は通院していませんが、今後治療して薬の副作用で熱が出やすくなる、などの状態が出た場合、どう伝えるべきか、どこまで理解が得られるだろうか、というのが悩みどころです」
さっちんさん→YES
「仕事柄海外出張が多く、ヨーロッパなど長いフライトでは特にトイレが心配です。私は辛い下痢は少ないタイプですが、排便の回数が多くなって悩むことはあります。ガーゼをあてるなどの工夫はしていますね。朝起きた時に人間は腸の動きが活発になりますが、私の場合はコーヒーとバナナを食べることによって対処できると気づきました。朝の体調をいかに良好にするか、計画を立てて自分なりに過ごしています」
藤さんより:
「IBDの認知度はまだまだ低い段階。ほんの少しの配慮でIBDの人も働けることを発信し、認知度アップに少しでも貢献して行きたいと考えています。当社でも事業所見学会を開催していますが、それがきっかけで就職が決まったIBD患者さんもいらっしゃいます。一つでも多くの成功事例を積み上げて社会と共有することも需要だと考えています」
Q:医療機関の患者様向けサポートを実際に受けたことがありますか?
くわっちさん→NO
「以前の職場で知り合ったソーシャルワーカーさんから、制度の存在は聞いていました。でも、私が入院した病院にはそのようなサポートがありませんでした」
サッチンさん・宮内さん→NO
「そのようなサポートの存在を知りませんでした」
江﨑先生より:
「サポートの受けられる難病支援センターは全国各地にあります。IBDは若くして発症される方が多く、この先の長い人生を病気と付き合っていくためのサポートは必要だと感じています。海外にはIBD専門で携わるナースがいて、日本も見習わなければならないですね。現状として施設によって規模が違うため、足並みを揃えてというわけにはいかないのですが、学会でも検査技師や栄養士の育成も行っており、サポート体制は徐々に充実していくと思います」
Q:「自分らしく働く」の定義とはなんでしょう?
宮内さん:
「難病の人は、やりたいことをやるに尽きます。ただし自分のペースで。他の人なら半年でできることも、自分は7ヶ月や1年かかるかもしれないと考えるようにしています。私は今、英語の学校に通っていますが、仕事をしながら別のスキルを身につけるのは私にとって困難なこと。そのように自分のペースを把握しながら、自分に合った選択をしていくことも大切ではないでしょうか」
くわっちさん:
「世の中にはいろんな仕事があって、自分に合うものも必ずあると思っています。色々経験してみるのも一つ手かなと思います。私はそれで、月〜金のフルタイムで働くのは難しいとわかりました。周囲を積極的に巻き込んでいくことも、自分らしく働くことのポイントだと思います」
さっちんさん:
「やはり、働くからには健康が第一。自分の体を健康に保つためにもセルフマネジメントの大切さを感じています。自分なりに生活リズムを健康に保つ方法として、趣味を充実させることも大事だと思い、大学生の頃から好きだった歌を、今もアカペラグループに入って続けているんです。病気と向き合うという点でもプラスになっていると思いますね」
当事者からの質問に当事者が回答 専門家からのアドバイスにもヒントあり
次に、会場参加者や中継視聴者からの質問に、登壇者が答えます。最後にはIBD当事者の方に向けたメッセージをいただきました。
Q.この春まで難病サポーターをしていました。今日このイベントに参加し、就労移行支援事業所による企業開拓にも可能性を感じています。当事者のお3方は、どのようなルートで仕事を探しましたか?
さっちんさん:
「大手人材会社の求人システムを利用しました」
くわっちさん:
「高校卒業後に就職した工場の仕事は、先に事務で応募していた友人に薦められたのがきっかけ。アルバイトや正社員など、各社のWebサイトを見て応募したケースもあります。フリーランスの仕事も、求人情報を集めたサイトや知人の紹介が多いですね」
宮内さん
「私も知人からの紹介や、サイトを見たり…。難病専門のところを利用した経験はありません。今後もっと広まったらいいなと思います」
Q. 出張が多いお仕事をされているサッチンさんに質問です。私は潰瘍性大腸炎になって4年経ちますが、移動時の万が一に備えて、主治医の方と相談していますか?
さっちんさん:
「私の場合、腹痛はあっても下痢の症状はなく、痔の症状が多い状態です。絶えず膿が出るので、下半身にガーゼを敷いて移動しています。できる備えとしては、替えのガーゼを用意することや、宿泊先でシャワートイレの有無を把握しておくようにしています。主治医とのコミュニケーションはほとんどしていないので、そこは課題だと自分でも感じています」
江﨑先生:
「患者さんから事前に相談をいただき、旅行前に下痢止めを処方することがあります。学生さんの場合、ホームステイや修学旅行で何かあった時のために、どういう薬を使っていて、どういう配慮が必要なのかという説明書を英語で書いてお渡しすることもあります」
Q.私は今23歳で、建築現場の管理の仕事として新卒入社しました。まもなく現場配属となりますが、環境の変化や体調の変化についてお聞きしたいです。
宮内さん:
「環境が変わると症状にも影響はあります。でも、どれだけ変化のレベルを抑えられるかだと思います。職場内やプライベートで何でも話せる人をつくっておくだけでも違うと思いますよ」
くわっちさん:
「私は気候の変化によって体調を崩しやすい傾向があります。現場に出ると気温の変化を感じやすくなると思うので、温度調節が可能な服装や、飲み物の温度にも気を配るとよいのではないでしょうか」
さっちんさん:
「環境が変わりやすい職場の場合、いかに体調が変わらないような準備をすることや、何でも話せる人がいるのはとても良いと思います。自分がどういった食べ物を食べたら体調が良くなる・悪くなるのかを把握しておくのも手だと思います」
江﨑先生:
「私の患者さんの中にも現場監督をしている方がいて、トイレになかなか行けないと聞いたことがあります。IBDの患者さんには生真面目な方が多く、ストレスによって悪化する方もいるので、不安な点は事前にできるだけ解消して、現場に臨まれると良いでしょう」
最後に、来場者のみなさんへメッセージを。
さっちんさん:
「私は病気になって5年以上経ちますが、無理してでも元気になろう、ポジティブになろうとは決して言いたくありません。いかに自分を保てるかが重要で、いつも自然体で病気と向き合えたらと思っています。仕事はあくまで人生の一部。自分が楽しめることを思う存分楽しんでください」
くわっちさん:
「今でこそテキトーに生きてテキトーに話していますが、病気が分かった時はたくさん泣いたし絶望もしました。学校に行けなくなるとか、結婚できないのではないか?とか、悩みました。でも10年経って、離婚はしたけれど結婚はできたし、子どももいるし、いろいろできています。だからまずはやってみること。その中で自分に合う環境を見つけて、好きなことを見つけること。自分の気持ちが晴れる場所をもつことで、自分らしく働くことも出来ると思います」
宮内さん:
「やはり、やりたいことをやるに尽きると思います。病気を治すための人生はつまらない。IBDだからと悩まずに一歩踏み出してほしい。人生を決めるのは起きた出来事ではなく、それをどう解釈するか。IBDになった事実は変えられないけれど、それをどう考えるかは自分次第。私は2年前にストマの手術もしていますが、先日ストマが外れて服を汚してしまいました。私はそれを『神様が新しい服を買えと言っているのかもしれない』と解釈したんですよ」
藤さん:
「テクノロジーの発展によって、さまざまな仕事がAIなどに移行する中、最終的に残るのはC(クリエイティブ)、M(マネジメント)、H(ホスピタリティ)と言われています。これは人間にしかできません。IBDという病気と付き合う上で、ご自身にしかできないことも同じくこの3つだと思います」
江﨑先生:
「それぞれ抱えている症状は違うと思いますが、落としどころを見つけることが大事だと思います。私が研修医だった頃と比べ、治療薬はものすごく進化しています。これからもさらに良いものが出てくることでしょう。さらに皆さんが健康になるためのサポートも出来ると思っています」
自分にとっての最善な働き方とは? 答えはそれぞれ、それでいい。
自分に合った環境の仕事を見つけるため、積極的に動いていろんなことにチャレンジするくわっちさんのような方法もあれば、キャリアアップのために独立して事業を立ち上げる宮内さんのような方法もあります。一方、職場に公表しない選択肢もあります。会社側の配慮とは言え、望まない職種へ配置転換された経験をもつさっちんさんは、やりたい職種が明確だったからこそ、自分らしい働き方を実現するために転職を決意。ガーゼを持ち歩くことや、宿泊先のトイレ環境を下調べするなどの工夫により、長時間の移動が伴う海外出張もこなしています。
「自分らしく働く」ことは、病気や障がいに関係なく、誰にでも当てはまるテーマ。現在は働いていない人、やりたい仕事が見つからない人、就職活動に苦戦している人など、状況はさまざまだと思います。でも、いつか巡ってきたチャンスを逃さず掴めるよう、セルフマネジメントのための言語化、何でも話せる人を作るなど、今から準備できることを進めてみてはいかがでしょうか。
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