「聞こえても、聞き取れない」APD当事者の悩みと欲しい配慮
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ライター:中たんぺい
聴力に問題はなくても、声を聞きとれない人達がいます。APD(聴覚情報処理障がい)と呼ばれる人達です
APDの特性は、聴力に問題がなくても言葉を聞き取れないことです。原因は、耳に入った音を処理する脳機能の働きの弱さと言われていますが、まだ明らかになっていません。
APDの人たちはどのような悩みを抱えて、どのような配慮があればいいのでしょうか。2名の当事者に伺いました。
「音が同じボリュームで聞こえて、抜け落ちる」500本以上の動画を上げているAPDのYouTuber笑歩)さんの特性
「映画やドラマを見てるときに話しかけられたら、どっちがなにを喋ってるのか分からなくなります」
聞き取りの難しさを語る笑歩さんは、YouTubeでAPDの特性や困りごとを発信しています。公開した動画は500本以上にのぼり、なかでも「APDの聞こえ方」を解説した動画は6万回以上再生され、同じ悩みを抱えた人から多くの反響がありました。
「わたし自身の聞き取り方の動画を出したとき、『わたしも』『僕も』と多くの人から共感の声をもらったんですよね。動画では、4つの聞き取りパターンを紹介しました。ビニールをガシャガシャしたような雑音があると、聞こえない。勉強しているときに遠くから話しかけられても聞き取れない。電話していても音の一部が聞こえなくて抜け落ちる。なじみのない単語は聞き取れない。わたしの場合、ひとつの音に集中して聞き取ることがむずかしいみたいです。カクテルパーティー効果(※)の逆の現象みたいな感じですね」
(※)カクテルパーティー効果とは、ガヤガヤしたパーティー会場のような場所でも興味ある内容の会話であれば、言葉を聞き取って理解できる現象のこと。
たしかに、ざわざわした場所での音は聞き取れません。ライブ会場やスポーツ観戦など、周囲の音が大きい場での会話はむずかしく、隣同士で話をしていても話してる内容は聞き取りにくいこともあります。ただ、APDがある人の場合、その聞こえない現象が日常でも起きていると言います。
「例えば、居酒屋や街中のガヤガヤしている場所、あと換気扇の音がする料理中も聞き取りがむずかしくなります。声がかき消されて、抜け落ちるんですよね。耳もとのコソコソ話も苦手で聞き取れませんね。だいたい分かったふりをしてやり過ごします。あとは、歩いて移動している時もむずかしいです。人と話すときは雑音がなくひとつの音に集中できる環境だとうれしいです」
笑歩さんの場合、日常生活での苦労はあるものの、フリーランスのため、自身で仕事の環境を調整しています。そのため、APDでの仕事の困難は多くありません。
ただ、個人での環境調整が難しい一般企業で勤める場合、困難は多くなります。集団での行動が基本になるため、APDの影響によって別の選択肢を選ばなければならない場合もあります。
「聞き取れなさが原因で事故が起こっても責任を取れない」コロナとAPDで会社を退職したにゅららさんの今
「『聞き取れないことが原因で事故が起こっても責任が取れない』と人事の方に言われたんですよね。その言葉がきっかけで、転職して1年ちょっとの建設会社を辞めました。人事の方も理解はしてくれていて、申し訳ない雰囲気だったのですが、会社も小さくて新しい制度を作るのもむずかしく、対応を取れませんでした。APDもまだ法律で障がいと認められていませんし、運が悪かったって感じです」
島根県に家族3人で暮らす「にゅらら」さんは、結婚と同時期に転職して、新しい会社で仕事を覚えていく中でAPDが判明しました。APDの特性を会社に告げ、協議を重ねてきたが、折り合いをつけられずに退職。現在は、1歳半になる子どもの育児をしながら次の働き先を探しています。
にゅららさんは、以前から聞こえづらさを自覚していたものの、仕事に支障が出たのはコロナ禍になってからといいます。
「コロナ禍になって、急に声が聞こえなくなったんですよ。以前から聞こえの悪さは自覚していましたが、原因が掴めなくてパニックになりかけていました。半年ほど悩んでいて、ネットの記事を見つけたことで、APDと分かりました。これまでは口元の動きや抑揚といった言語外の情報から、直感と読みで相手の意図を汲んでいたみたいです。マスクのせいでそれができなくなって、聞こえなくなってしまいました」
たしかに、マスクのせいで聞きづらい場面は多いです。ガヤガヤしている場所やパーテーション越しだと、聞き逃してしまうこともあります。ただ、声が聞こえなくなるまではいきません。聞き返すと分かるケースがほとんどです。
一方で、APDの人の場合、聞き取れなくなってしまうため、コロナ禍での仕事には大きな苦労が伴います。
目に見えない障がいは、感覚が一人ひとり異なるため説明がむずかしく、受け入れてもらえない場合もあります。ただ、もし感覚の違いを理解してもらえて、特性に合った環境があれば、困難さは軽減されるのかもしれません。
では、APD当事者にとって、どのような配慮があればいいのでしょうか。
「文書」と「聞き直し」APD当事者が欲しい配慮について
社会では、電話や指示など口頭で伝えられる情報が多く、1度での聞き取りを求められることもあります。そんな「口頭文化」の強い社会で、APDの人たちにどのような配慮があるといいのでしょうか。今回、お話を伺った2名に聞きました。
「目からの文章は記憶に残るので、指示を文章で残してくれるといいですね。わたしが以前働いていた職場では、教えてもらったことをレジュメで貰えたんですよ。仕事に必要な情報も掲示されてたりして、APD由来の困りごとは少なかったです。あとは、ゆっくり話してくれたらうれしいのと、飲み会の時もオープン席だと音が入ってきて会話できなくなるので個室がいいですね」(笑歩さん)
「何回聞いてもいいってルールがあれば、それだけで相当楽になるかなって思います。APD当事者にとって辛いのは何回も聞き返すことです。申し訳ない気持ちが強まるので、心理的負担が大きいんですよね。何回も聞き返していいってルールーーいや、聞き返さないといけないとなった方が過ごしやすいんじゃないかと思います。
私自身、前の職場でAPDの特性を説明して、『聞き返します』と伝えてから楽になりました。会社とは決別しましたが、直属の上司は『100回分からなければ、100回聞け』ってタイプだったので、聞き返しは受け入れて貰えたんですよね。APDに気づく前は、申し訳ない気持ちが強くて聞き返しは2回までと決めていたんですよ。でも、上司に特性を伝えてから罪悪感なく4回くらいは聞けるようになりました」(にゅららさん)
APDは、WHOが定める国際疾病分類のICD-11(※)で規定されてるものの、日本国内の法律で障がいと認定されていません。また、APDそのものを知らない人が多く、説明をしても通じないケースもあります。
まだまだ当事者自身で、APDの困りごとと欲しい配慮について説明する機会は多い状況です。そのため、APDについて説明をするときは工夫していると2人は言います。
「APDの説明をするときは、みんなに当てはまるシチュエーションをもとに説明しています。例えば、ストレス要因で聞き取りにくくなる場合は、『眠い時に言われたら、聞き取れないのと同じ感じだよ』って。相手が想像しやすいシチュエーションを考えて言うようにしています」(笑歩さん)
「APDを説明するに当たって注意してるのは、簡略にして、実際に自分がどういう配慮をしてほしいかを提示して聞くようにしています。APDを詳しく説明しようとすると、相手も知らない概念なのでとまどってしまうんですよね。『ざわざわしてると聞き取れないから、静かな場所で作業をさせてほしい』など、困りごとと受けたい配慮を分かりやすく説明するようにしています」(にゅららさん)
口頭文化はまだまだ根強いですが、一人ひとりの特性にあった環境を得られるようになれば、目に見えない障がいによる困難は少なくなります。活躍できる場所を増やしていくにはまだまだ時間はかかりそうですが、少しずつ社会はよくなっていくと信じていきたいです。
(※)参考文献:
小渕 千絵:聴覚情報処理障害(Auditory processing disorder, APD)の現状と対応, 第14回 日本小児耳鼻咽喉科学会, 225-230, 2019
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shonijibi/40/3/40_225/_pdf
ICD-11
https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f601591344
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ライター 中たんぺい
群馬在住のADHD当事者。「書いた文章は、自分の居場所になる」とブログを通じて実感し、ライターに。楽しく生きるために、インタビュー記事から体験記事まで幅広く書いています。
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