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一つじゃない 第2回

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ライター:風来坊

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「モナ・リザ」は見る角度で表情が違うそうです。
見る角度で印象が変わるという事は美術品として含みがあって面白そうなので是非見てみたいと思っています。
では、福祉にも含みがあったら面白いものができるでしょうか。
それとも、福祉に含みは不要でしょうか。
福祉に含みは
「必要」
「不要」
どっち?

社会福祉法人も一つじゃない

4コマ漫画

現代の日本では本来は「福祉サービスは国が責任を持って提供するモノ」です(​時に行政さえ「福祉サービスは社会福祉法人が提供するモノ」と勘違いしたりもしていますが)。

それならどうして現代の福祉サービスは社会福祉法人が提供しているのかというと、戦争に負けた日本はGHQに「戦争にお金を使っていないで国民の幸せのためにお金を使いなさい」と怒られ従うことにしたのですが、日本は「忙しい」という理由でその責任を誰かに押し付けることにしました。
その押し付け先が「社会福祉法人」だったのです。

しかし、GHQに「国の責任で福祉サービスを提供しなさい」と言われているので誰にも責任を押し付けることができなかったので抜け穴(法律)を作ることにしました。
 それが「社会福祉法人法」でした。

「社会福祉法人法」では、国は社会福祉法人に福祉サービスの提供を「委託しても良い」ことになりました。
つまり、社会福祉法人法は「戦後の混乱で忙しいので国は福祉サービスの提供を社会福祉法人に委託しても良い」という一見すると「落ち着いたら福祉サービスは国が責任を持って提供しますから今は代わりに福祉サービスを提供してください」という一時的に民間の協力を得るための法律かと思いきや現代まで国が直接責任を持って福祉サービスを提供した事実はありません。
また、国はそうした責任を「地方自治」の名の下に都道府県に押し付け、更に都道府県は市町村に責任を押し付け、市町村は社会福祉法人に責任を押し付けているのが現代の日本です。

では、福祉サービスを任された社会福祉法人まで無責任かというと、現代では「福祉の契約制度化」によって社会福祉法人も障がい者から選ばれる存在になったので無責任な運営をしていると顧客(障がい者)が離れてしまう可能性があり無責任な運営がし辛くなりました。
しかし、社会資源が少ない地域では選択肢がない場合もあり、そうした地域では一つの社会福祉法人が現代でも殿様商売をしているのです。

では、実際に私が見た社会福祉法人での出来事を一つ述べます。
私が学生時代に実習で見た「就労継続支援B型事業所(以下:法人A)」では、クッキーを障がい者が作成、販売していました。
就労継続支援B型事業所とは、作業の対価として「工賃」という最低賃金以下の金銭が支払われる施設であり、法人Aでは当時「時給約150円」の工賃を支払っていました。
そうした法人Aでは、クッキーの消費期限が近付くと障がい者が買うまで声掛けをしていました。

私は、「時給150円の方に1枚300円ほどのクッキーを売り付ける」その姿勢に「国の無責任のしわ寄せが障がい者に向かっているのでは…」と困惑しました。
当然ですが全ての社会福祉法人が障がい者に負担を強いているのではなく、障がい者の暮らしが良くなるように考え動いてくれるところもあります。

しかし、本来の社会福祉法人の在り様から外れ、お金を数えることに夢中な社会福祉法人が存在し続けているのは国が「国民(の福祉)」に無関心なことが一番の原因なのです。
現代の日本は外国に援助できるほど余裕が出来ているのですから、そろそろ「国の責任で福祉サービスを提供」しても良いのにそれをしないのはどうして?

男女平等も一つじゃない

イマココラボ様より引用

1945年、女性にも参政権が認められました。
しかし、現代でも男性と女性では社会的格差が存在しています。

確かに性別の傾向として、有利な作業、不利な作業は存在しています。
そうだとしても性別の違いで不当な扱いをして良い根拠があるでしょうか。
ですから間違いは正し、足りない部分には支援が必要なのです。
それが「男女平等」かと言えばそれは現代に即していないのではないでしょうか。

色んな人が居て良いはずなのですから「男女」にこだわる必要はなく、「人間平等」という表現が適切なのではないでしょうか。
更に、人間だけでなく動物や植物その他諸々にも博愛の精神があるのでしたら「地球平等」が良いかも知れません。

何れにせよ。

一つのエンパワメントだけを図ることが全体の平等につながるでしょうか。
私なら全体のエンパワメントに尽力したいものです。

ボランティアも一つじゃない

私は利き手が不自由になる前は複数のボランティア活動に参加していました。
 「自分にできることを自分のペースで」

無責任に聞こえるかも知れませんがこれがボランティアの真理だと私は考えています。
ボランティアとは「自発性」「無償性」「公共性」「連帯性」「継続性」「創造性」の上で行われる活動と言われています。

もう少し詳しく述べると、
「自発性」とは、自分の意志で参加すること
「無償性」とは、対価を求めないこと
「公共性」とは、誰かの役に立つこと
「連帯性」とは、参加者の間に上下関係がないこと
「継続性」とは、計画的に参加すること
「創造性」とは、新しくできることを見つけること

これらが有ることがボランティアの定義だということなのです。

しかし、こんな難しい条件を全て満たすことを考えていたら私だったら息苦しくなります。
ですから、私は「自分にできること」で人の役に立ちそうなスキルを「自分のペースで」必要としている人に提供していました。

私は自身のボランティア活動への参加スタイルについて「ボランティアのニュースタイルを作った」と時代を作った気でいたのですが、世の中は更に先に進んでいました。
あるボランティア団体はHPで、
「自分達は他に仕事を持ちながらボランティアしてます」
「他の団体みたいに活動に参加されてもお礼状出しません」
と宣言しているのを見かけたのです。
「自分たちが如何に頑張っているかの発信」
「他の団体との違いを発信」

私にはない新しい発想でした。
つまり、このボランティア団体は飛び抜けた「創造性」を持っているのではないでしょうか。
ド派手に宣伝しながらボランティア活動をするのも、
人知れずひっそりボランティア活動をするのも、
どちらも人の役に立っているならボランティア活動なのでしょう。
ボランティア活動も一つじゃない。


私は人知れず誰かの役に立つ方が忍者のようでカッコイイと思いますけど…。

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ライター 風来坊

東北の片田舎在住のアラフォー。 児童虐待、いじめ、パワハラ、自傷による措置入院を経験。 田舎では福祉に偏りがあると考え30代から大学で福祉を学ぶ。 数年前には事故で利き手が不自由になり、現在はリハビリを兼ねた趣味(プラモデル、ニードルフェルト、UVレジン)に没頭中。 いつか全ての人が楽しめる駄菓子屋を開きたい。

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