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障害者は単独行動しないもの? 時代遅れの鉄道の障害者割引

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ライター:みわよしこ(三輪佳子)

障害者が公共交通通機関を利用する際、障害者割引を利用できる場合があります。しかし、障害者割引は謎と不条理でいっぱいです。
過去、何があったのでしょうか? 将来、どうなるべきなのでしょうか?

障害者料金による移動費用の“節約”

まず、車椅子を利用する中途障害者である私自身の外出のようすを紹介します。身体障害者手帳に記された割引種別は「一種」です。介助者が同行する場合の運賃は2人で1人分ですが、単独行動なら障害者割引は適用されない場合が多いです。
杉並区在住の私は、都心に行く時、まずバスでJRの最寄り駅に向かいます。バス運賃には障害者割引があり、一般運賃230円の半額です。10円未満は切り捨てのため、片道110円です。ついでJRを利用します。行き先が東京駅の場合、単独行動する障害者には割引は適用されず、運賃は片道320円です。バスを含めた往復では、一般運賃が1100円となるのに対し、障害者料金は840円。差は260円です。コンビニおにぎりと飲み物が買えそうです。
仕事柄、出張の機会も多いです。現在のところ、国外を含むすべての出張を単独でこなすことができています。東京駅から東北新幹線で仙台に向かう場合、運賃に障害者割引が適用されます。介助者がいなくても適用されるのは、片道101kmを超えるからです。一般運賃は片道6,050円のところ、障害者割引が適用されるので3,020円(10円以下は切り捨て)ですが、別途必要な特急料金には割引は適用されません。一般乗客なら往復17,370円のところ、障害者料金は往復11,320円です。往復で片道運賃の6,050円が浮きます。ビジネスホテルに1泊すれば、少し余裕のある行動ができるかもしれません。

障害者割引は本当に“おトク”?

車椅子利用者が鉄道や航空機を利用する場合、健常者と同様に乗降できるわけではないため、それだけで「時間貧乏」になりがちです。帰宅が予想外に遅れそうになり、とりあえず空腹を満たすためのコンビニおにぎりと飲み物の購入を余儀なくされたりします。通常は日帰りできるはずの行程でも、車椅子利用者は1泊を余儀なくされたりします。
総合的に見れば、障害者割引は障害ゆえの“ソン”の埋め合わせにも足りていません。鉄道での日常的な近距離の移動に障害者割引が適用されないことは、日常生活への相当の制約となるはずです。それでも、実質的な選択肢が鉄道しかないのなら、健常者と同じ費用負担で鉄道を利用せざるを得ません。
障害者は、障害によって、数々の機会を奪われつづけています。奪われる機会の中には、就労して収入を得る機会も含まれています。障害者割引は、障害という切り傷に貼る絆創膏のようなもの。少しは役に立っているのですが、障害によって流れ続ける血を止めることはできません。さらに、その「絆創膏」も使えない障害者たちがいます。

障害者割引を使えない障害者たち

障害者手帳には、障害等級と公共交通料金の割引区分が掲載されており、割引区分には「一種」「二種」の2種類があります。「一種」の場合、100km以下の移動で障害者割引が適用されるのは、JRなら介助者と同一行程で移動する場合だけです。単独行動の場合、障害者割引は適用されません。単独行動すれば障害が消えるわけではないのですけどね。さらに「二種」の場合、介助者の運賃割引はありません。また現在のところ、大都市圏の多くの交通事業者は、精神障害者を障害者割引の対象としていません。
障害者の運賃を半額とする場合の計算方法も、統一されていません。10円以下の端数については「切り捨て」「切り上げ」の両方が存在します。10円以下を切り捨てる東京のバスに慣れている私は、別の都市で「一般が230円で東京と同じ、だったら私は110円」と小銭を用意して差し出し、運転士さんに「10円足りませんよ」と指摘されて恥ずかしい思いをします。
公共交通機関、特に鉄道料金の障害者割引をめぐる事情は、ミステリー小説のような謎、そしてカフカの小説のような不条理に満ちています。しかし、そもそも、障害者の明け暮れは謎と不条理だらけです。私は幸いにも、近距離の鉄道利用に関する費用は日常生活や職業生活のやりくりで対応できる範囲でしたから、障害者割引の問題には「まあ、いいか」と目をつぶっていました。金額の大きな長距離移動なら、私は障害者割引を利用できますから。多数の精神障害者たちが適用対象外となっているという問題は、もちろん知っていました。しかし精神障害者の界隈には、強制入院や虐待などの深刻な課題が多すぎて、公共交通の問題は影が薄くなってしまいます。いつの間にか、私は「ごめん、目をつぶっていい?」というスタンスになっていました。2023年6月までは。

素朴な「なぜ?」が呼び起こした社会の関心

2023年6月、この謎と不条理に対する「鉄道の障がい者割引、仕組みを見直してください!!」という問題提起が、ネット署名サイト「Change.org」に現れました。呼びかけの主は、劇作家の相馬杜宇(あいばもりたか)さん。相馬さんは2016年、31歳の若さで脳出血に倒れ、身体の片側の麻痺と高次脳機能障害を持つ障害者となりました。現在は装具と杖を用いての歩行が可能ですが、車椅子生活だった時期もあります。そして相馬さんも、障害者割引のルールに直面しました。他の多くの障害者との違いは、黙っていなかったことです。

もともと、障害者割引の利用は面倒です。SUICAやPASMOのようなICカードでは割引が適用されないため、乗車のたびに有人窓口で切符を購入、または券売機で割引切符を購入して駅員の確認を受ける必要があります。でも、その地域に有人窓口のある駅があるとは限りません。深夜や早朝は無人になる駅もあります。駅へのアクセスや切符の購入が困難な障害者もいます。近年、「障害者用ICカードの提供開始」「障害者割引切符のネット購入が可能に」など若干の改善はあるのですが、単独行動する障害者を想定したICカードは出現していません。

障害者割引の責任者はどこに?

相馬さんは、各鉄道会社への問い合わせ・障害のある政治家への働きかけなどを行いましたが、「割引は各交通事業者の判断において行われるものであり、国が法で定めて拘束するものではない」というタテマエが繰り返されるだけでした。障害者の交通機関利用に関して責任を持つ組織は、日本には存在しないのです。そこで、相馬さんはネット署名の募集を開始し、賛同者やメディアの関心を静かに集めました。2023年10月27日、33096筆の賛同署名を携えて、相馬さんは国土交通省への申し入れと記者会見を行いました。責任を持つべき組織は、まぎれもなく国土交通省だからです。記者会見には、相馬さん、日本失語症協議会理事長であり失語症の家族を持つ園田尚美さん、そしてChange.orgの担当者が臨みました。

障害者割引には、障害の社会モデルを実現する力が

会見の冒頭で、相馬さんは障害者割引の謎と不条理について語り、公共交通機関利用を含めて障害者の生活動向把握が不十分すぎる現状を訴えました。Change.orgの担当者が「単独ではダメ、距離の条件、障害種別による違いなど、かなり“いびつ”な制度だと感じました」と補足し、相馬さんはさらに、車椅子生活だった時期の経験を具体的に語りました。踏切の横断やコンビニ入り口の小さな段差に困惑しつつ「吉野家に行きたくて、必死でリハビリした」のだそうです。私自身も、障害者になるまで、そんな小さな不便や不自由について考えてみたことはありませんでした。

園田尚美さんは、失語症をはじめとする言語障害を持つ人々を支援する立場から、まず、失語症が「脳卒中や頭部外傷で起きる、言葉に関する広範な障害」であり、患者が日本に30-50万人おり、脳卒中で退院した人の3割が罹患していることを示しました。しかしながら、言語障害と高次脳機能障害に対する社会の理解は進んでおらず、「日本国憲法で保障されているはずの人権が保障されていません」ということです。失語症の場合、コミュニケーションの困難を補う介助者が必須なのに、障害者手帳を取得しても障害者割引の種別は二種。介助者の交通運賃の割引は利用できません。失語症に特化した支援者の養成が進められてきているというのに、日常の移動を支える障害者割引が介助者を想定していないため、就労どころか作業所への通所や病院への通院にも支障が発生しているということです。それは、社会参加に対する制約であり、教育・勤労・納税の義務を果たすことへの妨げです。園田さんは、「障害のハンディキャップを埋めるため」の障害者割引を、介助者の有無・距離・障害差別と無関係に「障害の社会モデル」として実現することの必要性についても述べました。

お金のこと、だからこそ大切

Change.orgの担当者は、オンライン署名結果の概要を解説しました。賛同コメントを寄せた障害者の中には、いびつな障害者割引に困っていない人も困っている人もおり、いずれの意見も「見直しは必要」というものだったということです。交通事業者に対し、精神障害者に対する割引を設定することを求める意見も多く、さらに「国や自治体の財政介入が必要」「割引切符が窓口でしか変えないので不便」「障害者が単独行動する現状に即していない」といった意見も見られたそうです。
最後に紹介されたのは、交通事業者によって異なる障害者割引制度の実例の数々でした。最も印象深く感じられたのは、私の出身地でもある福岡県の事例です。福岡県内では、県内の私鉄最大手である西日本鉄道(西鉄)が、全国の中で突出して充実した障害者割引を行ってきており、もちろん鉄道も対象です。しかし、県内の遠隔地からJRで福岡市内の病院に通院している障害者からは、「JRが障害者割引の対象にならないことは痛い」という声があったそうです。「西鉄の素晴らしい障害者対応がある福岡県」を密かな心の誇りとしていた私は、恥ずかしくなりました。

記者たちの関心が高まる中、相馬さんはネット署名への「お金のことで、厚かましい」というアンチコメントを紹介し、「自分のやってきたことは間違っていたのかと落ち込みました。でも、障害者の9割は後天性で、国民の6%にあたります。自分が直面するかもしれない事実を知れば、そういう方も考え直すことができると思います」と会見を結びました。誰にとってもお金の問題は切実です。障害者にとっては、より切実です。

障害者割引のどこに問題が? 国の役割は?

会見には10名の記者が参加し、さらに大型テレビカメラ1台による撮影が行われました。定員20名程度の記者席には驚きと関心があふれ、活発な質疑応答が行われました。記者たちからの質問内容は、障害者割引そのもの・国の役割・今後の活動方針の3つに集中しました。

記者会見で質問に応答する相馬さん
記者会見で質問に応答する相馬さん

まず、障害者割引に対する「なぜ必要なのでしょうか」という質問がありました。愚問に見えますが、読者や視聴者が抱くであろう“素朴な疑問“を代わってぶつけることは、記者の重要な役割の一つです。相馬さんは「公共交通機関は、障害者の人数に関わらず障害者割引を行うべき」「介護保険のケアプランのような個別の割引メニューも考えられます」、園田さんは「障害のある人が障害のない人と同様に社会参加するにあたっては、収入の少なさが問題に」「活動したり働いたりするにあたって、頻繁に利用する公共交通料金の割引は、必要な福祉」と答えました。

国の役割に関しては、相馬さんたちは「国土交通省からは回答らしい回答がなかった」「1952年に設けられたが現在となっては根拠不明の『101km以上』という謎のルールは撤廃が必要」「今後も議論を継続しなくては」と回答しました。公共交通各社の経営の事情や国の財政の事情については「各鉄道事業者の費用負担が問題なら、国が負担することに」(相馬さん)、「『国土交通省としては、各社の経営判断に対する指導力はない』ということで1950年のルールが温存されているわけですから、内閣府に指導してほしい」(園田さん)、「小さな地方民鉄の中にも、独自の取り組みが。苦しい経営状況の中での工夫で知られる銚子電鉄は、精神障害者も対象とした障害者割引を独自に実現しています」(Change.org担当者)という回答がありました。

今後については、「よりよい形での障害者割引のために制度を変えていくこと、全国での制度統一をお願いしたい」「対象を身体障害と知的障害に限定している現状は、あり得ない」(相馬さん)、「障害のある方に対する社会モデルを浸透させ、障害者手帳の級や割引種別で一律ではなく、その人に必要なものを提供してほしい。それが国の責務では」(園田さん)、「制度作りには時間がかかりますが、国土交通省から事業者への要請なら可能。勉強会や審議会、継続した話し合いの場を設けることをお願いしたい」(Change.org担当者)と、今後への希望につながる回答がありました。

障害者割引が使えないことによるダメージは深刻

記者会見の様子を振り返りながら、私は、生活保護を利用する精神障害者である友人たちの暮らしぶりを思い起こします。東京都在住なら、都営交通を無料で利用できます(生活保護を利用していない障害者は、都の別の制度により無料)。都営交通でのアクセスが容易な新宿や麻布での待ち合わせなら、交通機関の利用費用が友人たちの生活の妨げになっているとは感じません。それもそのはず、都営交通は無料です。そして、友人たちは都営交通が利用できる地域を選んで居住しています。賢明な選択ではありますが、日常生活や今後についての想像力や可能性は小さくなります。たとえば医療機関や作業所は、しばしば「都営交通で通える場所」という理由によって選択されています。ハラスメントや虐待に遭うと、「同じ路線に、より良い選択肢があるだろうか?」という迷いが、適切な対応の妨げとなります。あらゆる交通事業者も精神障害者を障害者割引の対象とするまで、この状況は続くでしょう。

障害者割引から「この国に生まれたるの不幸」を減らす

中途障害者になる可能性は、あらゆる人々にあります。障害者になる前の就労と収入、そして交友や社会生活を維持することは、一般的には困難です。それまでの人生での小さな自己肯定感の積み重ねは無に等しくなり、自分が人間ではなくなったかのような感覚に絶望したりします。でも、交通機関を利用する障壁が小さくなれば、障害による苦しみを減らせるかもしれません。
障害者が障害ゆえに負う有形無形のハンディキャップを「鉄道運賃の面から支えてほしい」と願うことは、ゼイタクでも不当な要求でもないはずです。⼩さいけれども⽇常的な⼈権侵害はボディブローのようにダメージをもたらし続けます。それを「なくしてください」と望むことは、人間として当然ではないでしょうか?

交通機関、特に鉄道を利用しにくくなると、日常生活の質が下がり、災害対応も困難になります。2024年元旦の能登半島地震とその後の状況は、その現実を現在進行形で示し続けています。人口減少が続く地域では、「利用者が減少→運賃値上げ→利用者がさらに減少→減便→廃線」という経緯で鉄道路線が消滅していきます。その地域は脆弱になり、その地域を含む日本全体も脆弱になります。
鉄道路線を復活させることは困難ですが、打てる手は、まだあるかもしれません。日本には、鉄道の障害者割引の現状を変えようと声を上げた相馬杜宇さんがいて、多様な立場から賛同した3万人以上の人々がいるのですから。
1918年、精神科医の呉秀三は、日本の精神障害者たちが病苦に加えて「この国に生まれたるの不幸」を背負わされていると述べました。障害者の「この国に生まれたるの不幸」は、100年以上が経過した現在も相変わらずです。鉄道の障害者割引に関する謎や不条理の解消は、あらゆる人の「この国に生まれたるの不幸」を解消するために、小さくとも確実な手がかりの一つとなるのではないでしょうか?

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ライター みわよしこ(三輪佳子)

フリーランスライター。博士(学術)。1963年、福岡県生まれ。ICT・半導体・サイエンスライティング・貧困問題を中心とした報道などに従事。自分自身が中途障害者になったことと東日本大震災を契機として、社会保障政策の研究や国際人権活動を開始し、継続している。夢は、すべての人にとって「知」が力となる社会を作ること。私生活では、無類の愛猫家。     Amazon著者ページ(ペンネーム「みわよしこ」)  https://www.amazon.co.jp/stores/author/B004LTV2Y4 Amazon著者ページ(本名「三輪佳子」)  https://www.amazon.co.jp/stores/author/B0CBH5W78Q 詳細な経歴は Researchmapに。  https://researchmap.jp/miwachan

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