〈当事者インタビュー〉発達障害で障害者雇用。業務の幅を広げるには?
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ライター:遠藤光太
発達障害のある方は、障害者雇用でどのように働いているのでしょうか。
自閉スペクトラム症の渡辺晴香さん(仮名)は、特性や、二次症状のうつに
長く苦しんだ経験がありました。しかし現在は、障害者雇用で大手IT企業グループに
勤務し、体調を維持しながら業務の幅を広げています。
発達障害には、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、
LD(発達性学習症)などの種類があり、それぞれ並存していることもあります。
職場では、コミュニケーションのずれやタスクの抜け漏れ、読み書きの難しさ、
感覚過敏、その他の特性によって困りごとが生じると言われています。
また、大人になってから発達障害が発覚する方には、二次障害のうつ症状などに
苦しむ方も多く見られます。うつ症状などとの向き合い方も、
発達障害のある方にとっての大きな課題と言えます。
今回は、療養中の過ごし方や仕事での工夫などについて、
渡辺さんにインタビューしました。
「子どもの頃から対人が難しかったです」
渡辺さんは、対人関係が難しく、学校に行っていない時期もあったと言います。
「小中学校ではうつのような症状が出ていて、病院にも行ってたんですけど、
当時は『子どもはうつにならない』と言われていて、ただのわがままな子と
思われていました。
特に中学校は女子校に行ったのが失敗で、周りにうまくなじめませんでした」
しかし苦労しながらも学業を修め、渡辺さんは新卒でIT系のベンチャー企業に
就職しました。
当初は意欲的に働いていたそうですが・・・・
「職場でいろいろな課題が見えてきて、自分で積極的に取り組んでいました。
評価も上がるし、楽しいけれど、通常業務もあるのでどんどん残業が
増えていきました。好奇心との戦いでしたね。
続けていたら限界を超えてしまい、うつになっていました。
朝にベッドから動けなくなって、欠勤の連絡もできなくなってしまって・・・・
そのときは、自分の“HP(体力)”が人より少ないことに気づいていませんでした。
周りには経験豊富で“HP”の多い人がたくさんいて、ハードワークしないとここで
生き残っていけないと思ってしまいました。
そして渡辺さんは2年半の勤務を経て、退職に至りました。
当時は、自閉スペクトラム症の診断をまだ受けていませんでした。
再就職に向けた療養中の過ごし方
渡辺さんは、療養中にはハローワークでの手続きがうまくできなかったことが
きっかけで、自殺未遂も経験したと言います。
そんな中、親御さんがテレビで発達障害を知ったことをきっかけに、
自閉スペクトラム症の診断を受けます。
渡辺さんは療養期間を十分に取り、「人に頼ろう」と方針を決め、
しっかりと準備をしてから障害者雇用での就職活動に臨んだそうです。
「焦る気持ちはあったんですけど。『人に迷惑をかけるな』
と言われながら育てられて、人を頼るのが苦手だったから、
あえてやってみようと思いました。そのやり方でうまくいっていなかったんだから、
変えなきゃいけないな、と」
〈渡辺さんが頼った人々(一部)〉
– ハローワークの精神保健福祉士(PSW)
地域によってはハローワークにPSWがいて、相談に乗ってくれます。
渡辺さんが相談したPSWの方は親身に話を聞いてくれたそうです。
– カウンセラー
自己分析のために何度も通ったとのこと。
– 当事者会に参加する当事者
ASDの当事者が多くいる会に参加。同じ種族に初めて会って、
非常にホッとした思いだったそうです。
療養中には自分の特性を人に伝えるための「言葉のストックを探していました」と
渡辺さんは言います。
「片っ端から発達障害の本を読んで、再就職するときに使える言葉のストックを
増やそうとしていました。ウェブで公開されている合理的配慮の事例集も
読み込みました」
そして「働ける」と自信を持てるようになってから、渡辺さんは人材紹介会社に
連絡を取り、就職活動を始めました。
内閣府「合理的配慮の提供等事例集」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/pdf/gouriteki_jirei.pdf
面接ではウィークポイントも伝える
障害者雇用で就職活動を始めた渡辺さんは、
「安定して勤務できる人だ、と証明するための説得材料が少ないことが
ウィークポイントだと思いました」と振り返ります。
その点を補うべく、療養中に集めた言葉のストックを引き出して、
自身の特性やケアの方法を企業に伝える努力をしたそうです。
「面接では、企業側の不安を解消できるように『メンタルがゆらいだときには
セルフマネジメントの方法がこれだけあります』と、実際に療養中に実践していた
対処法を伝えました。
何でも『できます』と言いたくなるんですけど、そう言うと自分の誇大広告になって
就職後に辛くなるので、きちんと弱みを見せて対処方法を伝えるのが適切だと
考えました」
結果として、就職活動は想定よりも短くおよそ2ヶ月半で、現在の会社への内定を
得られたそうです。
障害者雇用で業務範囲を広げるには?
現在の会社に入社して1年以上が経った渡辺さん。
業務を着々と広げていき、雇用形態は契約社員から正社員になりました。
会社では障害のことを直属の上司や仕事で関わる特定の人だけに開示しています。
障害と付き合いながら業務範囲を広げていくために、どんな工夫をしているの
でしょう。
「これやっていいですか?」と「疲れちゃいました」
渡辺さんは障害者雇用で働く今も、担当業務をどんどん広げています。
「課題を見つけたら『これやっていいですか?』と上司に提案して
やらせてもらいます。今では、新しいメンバーに業務を指導することもあります」
新卒の頃との違いは、きちんと体調管理を行なっていることです。
療養期間中にカウンセリングなどを通して得た自己理解に基づいて、
体調を崩さないようケアをしています。
セルフケアだけでなく、周囲の方々との協力も欠かせません。
渡辺さんは、弱い部分をさらけ出すことを重視しているそうです。
「少しハードに働いて疲労が溜まったときは、『疲れちゃいました』と言って、
出勤時間を遅めにするなど、調整をしています。
言わないと彼らもわかりづらいなって思ったんですよね。
入社するときに説明してあるので、柔軟に対応してもらっています」
仲間を増やしていく
人間関係は、大きな悩みの種です。障害者雇用の場合、障害のある方を中心に
雇用する特例子会社といった制度もありますが、渡辺さんのようなケースでは、
障害についてあまり知らない方々とも一緒に仕事をしていくことになります。
「みんなと合うことはないと割り切っています。だから、味方になってくれる人を
見つけたら大切にするようにしています。今の会社では、全然関係のない部署の
外国人のおっちゃんが気にかけてくれて、よく飲みに行っていますね。
『渡辺さんなんであの人と仲良いんだろう』みたいな。
私のバリューを出すために
整備されていても、実際には使われていないルールが職場にはあります。
渡辺さんの会社では、テレワークの制度があまり使われていなかったそうです。
「聴覚過敏があり、通勤電車も苦手なので、私はテレワークの方が力を
発揮しやすいです。上司と相談して、
『この働き方のほうが私のバリューを出しやすい』と伝えながら、
テレワークの日を増やしていきました。新型コロナウィルスの影響もあって、
最近では他の社員も、もともとあった制度を使ってテレワークで
働くことが増えてきています」
渡辺さんは、なんと海外での2ヶ月弱の勤務も経験しました。
「英語は得意ではないんですけど、現地で業務があって、
他に希望者もいなかったので自分で手を挙げて行きました。
じっと同じことをしているのは苦手で、飽きないように新しい課題を探しています。
海外で多国籍な同僚と働くのは楽しかったですね」
発達障害のある方におすすめの書籍
最後に、渡辺さんが療養期間中に特に参考になったという書籍をご紹介します。
当事者の方々やご家族、企業や支援者のみなさん、ぜひ参考にしてみてください。
『女性のアスペルガー症候群』宮尾益知監修
「アスペルガー症候群やASDのことは、男性向けの前提で書かれていることが多いので、
女性向けに特化した本を読んでいました。
『アスパーガール: アスペルガーの女性に力を』(ルディ・シモン著)
も勇気をもらいました」
https://www.amazon.co.jp/dp/406259790X/
『うちの火星人 5人全員発達障がいの家族を守るための"取扱説明書"』平岡禎之著
「読みやすくて、具体的な対策を知ることができます。
発達障害傾向の薄いお父さんだけがマイノリティになっているのもおもしろいです」
https://www.amazon.co.jp/dp/4334977782/
おわりに
障害者雇用は、「難しくてやりがいはあるが配慮はないケース」と
「配慮はあるが物足りないケース」の二項対立で考えられることもあるように
思います。しかし渡辺さんの働き方は、やりがいがあって合理的配慮も得られている
ケース。彼女のような働き方を望む方も、きっと多いと思います。
渡辺さんをそうした働き方に導いたのは、療養中の過ごし方でした。
焦って自己理解や体調の回復が十分でないまま就職活動を始め、選考中や入社直後に
体調を崩してしまうといった話も耳にします。焦らずにじっくりと自己理解を深め、
入社後に特性を伝えやすいよう言葉をストックして業務を広げていったプロセスは、
いろいろな立場の方の参考になるのではないでしょうか。
障害のある方が自分自身に合った働き方を実現するために、当事者にも企業にも
できることがまだたくさんありそうです。
そのヒントが詰まった、貴重なインタビューでした。
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