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「見えない障害」を伝えるために、当事者の声を冊子にする言語聴覚士・多田紀子さん

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ライター:遠藤光太

失語症や高次脳機能障害などの人々は、それぞれ多様な生活をしています。

しかしながらそれらは「見えない障害」とも言われるように、なかなか気づかれにくかったり、理解されづらかったりする現状があります。

言語聴覚士で、NPO法人Reジョブ大阪代表の多田紀子さんは、当事者の方々と接するなかで、彼・彼女らの人生の多様性を目の当たりにしてきました。当事者のみなさんが困難さを感じていることは、どんなことなのでしょうか。また、その多様性を知ってもらうために続けている冊子とは、どんなものなのでしょうか。多田さんにお話を伺いました。

とある高次脳機能障害当事者の「日記」から始まった

コミュニケーションは、現代の社会でとても重視されていますが、それに困難さを抱える人々への注目は薄いことを多田さんは課題に感じています。

「言葉の障害のある方がもっと働きやすい社会になるといいなと思っています。例えば今、リモートワークが進んだり、いろいろなデバイスが良くなったり、駅のバリアフリーが進んできたり、昔に比べたら身体障害の環境には注目が集まってきていると思うんですね。

でも、言葉の障害もまた、社会参加や就労を大きく阻んでいます。それがあまり注目されていません。『命が助かったらいいじゃない』『トイレ行けたらいいじゃない』と思われがちなのです。コミュニケーションに困難さがあると、生活や仕事でとても困ることを社会も認知してほしいです」


現在は株式会社やNPO法人を立ち上げて活動している多田さんですが、過去には長く病院で勤務していました。急性期病院にいた当時、とある患者さんと出会いました。その方は脳出血を発症して入院、リハビリ病院を経て退院されたのですが、その後大きなてんかん発作を起こして再度入院された方でした。彼には、多田さんに思いもよらないことが起きていたのです。

「その方がご自宅に帰ってから、作業療法士さんが自宅環境の確認に行きました。すると、その方はたくさんの日記を書いていらっしゃって。それを私に渡してほしいと言って、託したんです。

それを読むと、退院後に状態がみるみる悪くなっていく経緯がわかっていきました。『リハビリであれほど良くなったのに、こんなに悪くなるの?』と。彼は社長をされていたのですが、もう社長はやめてくれとお医者さんに言われ、その後うつ病になり……といろんなことが起こっていて、すごくショックでした」

社会参加の大切さを実感する

入院して医師の治療を受け、言語聴覚士などによるリハビリを受けた方でも、生活のなかで個別の困りごとが生じてしまうのです。

「彼に日記を書かせていたものは何だったかと言うと、『これを人に伝えたい』という思いだけでした。『それしかもう自分には残っていない』と。ただ、読んでみると、生活のこまりごとや、心情が伝わるという意味でわかりやすいですが、文章の構成は非常にわかりにくいものでした。

最初は、彼の日記を何らかのかたちにしたいと思って、まず私のいた病院で、職員研修として講演をしてもらうことにしました。それを目標に設定して、外来で一緒に練習していくうちに、言語の機能がまた上がってきたんです。

てんかん発作を起こしてから下がった部分を取り戻すだけでなく、発作が起きる前よりもさらに機能が上がり始めたんです。やっぱり社会参加が大事なんだなと思ったんですね」


彼の名前は、下川眞一さんと言います。下川さんの経験は、のちに書籍『知っといてぇや これが高次脳機能障害者やで! 』にまとめられました。

多田さんはそれからNPO法人Reジョブ大阪を設立し、2021年からインタビュー冊子『脳に何かがあったとき』を制作・発行しています。この冊子には、多くの高次脳機能障害や失語症などの当事者やそのご家族へのインタビューが掲載され、その数は2023年末までに32号発行・インタビュー56名となっています。

インタビュー冊子『脳に何かがあったとき』
▲インタビュー冊子『脳に何かがあったとき』

なかにはこのような声が掲載されています。

会社に戻ってもできないことの連続でした。一晩寝たら、すべて治って元の自分になっていないかなと何度思ったことか(2023年9月合田さん)

脳卒中患者は新月なんです、真っ暗で何も見えない。月日が経つにつれて少しずつ月が満ち、いつかは人を照らす満月になる(2023年10月小林さん)

失語症の主人がご飯を食べなくなってきた。娘から「お母さんも少し休憩したら」と言われたとき、「お母さん、一生懸命やっているよね?」と思わず口に出し、号泣してしまった(2023年4月新野さん妻)


Reジョブ大阪は冊子の制作のほか、当事者会「まるっと会」の運営なども行い、当事者やそのご家族がつながれる場を提供しています。

言語聴覚士としての働きやすさを

「言語聴覚士が、言葉の障害の支援職として自信を持って働き続けられるようにしたいです」

多田さんはそう語り、言語聴覚士をめぐる課題にも取り組んでいます。

言語聴覚士とは、1997年に制定された国家資格です。言語障害、音声障害、構音障害、嚥下障害などのある方に対し、検査・評価を実施したり、訓練・指導・助言などの援助を行ったり、医師や歯科医師の指示のもとで嚥下訓練や人工内耳の調整などを提供したりします。

言語聴覚士をめぐる課題として、多田さんは離職率の高さを挙げます。

「離職率の高さの一因として、言語聴覚士が現場に出てみると、言葉よりも嚥下(飲み込み)の対応ばかりになってしまうことが多い現状が挙げられます。超高齢社会になって、誤嚥性肺炎が大きな問題になっていることもあり、嚥下への対応もとても重要なことです。ただ、言葉のリハビリにもっと取り組みたいと思っている方も多いと思います。

さらに、言語聴覚士という仕事が嫌で辞めているわけではなく、子育てなどで病院での勤務が難しいために言語聴覚士の仕事から離れざるを得ない方も多いです」


そうした課題を踏まえ、多田さんは株式会社くるみの森で、オンライン言語リハビリを行うサービス「ことばの天使」を提供しています。

「研修を受けた言語聴覚士と一緒に、障害のある方にリハビリを提供しています。こちらは失語症や高次脳機能障害の方だけではなくて、発達障害のあるお子さんやパーキンソン病の高齢者の方など、幅広い方々に向けてリハビリテーションを行っています。

言語聴覚士は、自宅からオンラインでできる仕事なので、お子さんが小さくて病院勤務が難しい方、パートナーのご都合で海外に移住されていて言語聴覚士の資格を活かしにくくなっていた方などが在籍しています」

理不尽なことが起こる人生と向き合う

「言葉の障害で一歩踏み出せない方、社会に出たけど傷ついて戻って引きこもっている方、その他にも多様な困りごとを抱えている方がたくさんいらっしゃいます。そんな方たちがもう一度社会参加できるチャンスがある社会になるといいなと思っています」

未来への展望をそう語る多田さんの活動に一貫しているのは、当事者の声を聞くことです。失語症や高次脳機能障害などの当事者やその家族の声、そして言語聴覚士の声を聞き、活動を繰り広げています。インタビュー冊子『脳に何かがあったとき』は、一般の方にこそ読んでほしいと語ります。

「私たちの人生には、ある日突然、理不尽なことが起こります。例えば新型コロナウイルスのように、誰も考えていなかったようなことがある日突然起こって、コロナで倒産になった方だっていっぱいいらっしゃいます。自分に責任もないのにコロナのせいで倒産するなんて、理不尽ですよね。

脳卒中も頭部外傷も、ましてや交通事故の被害者なんて、本当に理不尽です。お子さんでも、いつも通り自転車で塾に行ってたら後ろから車でバーンとやられて、そのまま高次脳機能障害が残ったりします。

私たちが伺っているお話は、そういう理不尽な状況から人生をどうやって再生していくかというお話です。だからこそ、当事者やそのご家族、医療・福祉関係者だけでなく、一般の方に読んでほしいです」


インタビューをしていると、「多田さんに日記を渡してほしい」と考えた下川さんの気持ちが少しだけわかるような気がしました。聞けば、多田さんは打ち明け話をされることがよくあるそうです。何にもやる気のなかった非行少年が「俺だって働きたいし彼女が欲しい」と漏らしたり、ある方は「バイセクシャルだ」とカミングアウトしたり……。多田さんがまとう雰囲気は、当事者の方々にとって安心感をもたらすのだろうと感じます。

インタビュー冊子『脳に何かがあったとき』は、まだ語られたことのないような当事者の声を可視化するメディアです。AIでも文章を書ける時代に、人間が対話をして生身の声を拾い上げていくことは、メディアの重要な役割です。筆者もメディアに携わる者として、お手本にしたくなる活動だと感じました。

『脳に何かがあったとき』は、NPO法人Reジョブ大阪の冊子会員になることで、どなたでも読むことができます。

NPO法人Reジョブ大阪
https://re-job-osaka.org/

ことばの天使
https://peraichi.com/landing_pages/view/kuruminomorionline/

参考:日本言語聴覚士協会「言語聴覚士とは」
https://www.japanslht.or.jp/what/

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ライター 遠藤光太

発達障がいの当事者。二次障がいでうつ病になり、休職を経験。現在、フリーライター。さまざまな媒体での記事執筆のほか、テレビ番組等で活動中。

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