障害者の目線で、ちょっとまじめに「人生100年時代」を考えてみた。

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ライター:くらげ

こんにちは。くらげです。Media116の皆様、はじめまして。
この度は編集部より「人生100年時代」について「障害者としてどう思うか」を書いてほしい、と頼まれました。結構難しいテーマをさらりと頼むなぁ、とぶさくさ言いつつ、ちょっとホンキで考えてみましたよ。

今、首相官邸から「人生100年時代構想」という政策が提案されていますね。これは一億総活躍社会実現の「人づくり革命」の一環として提案されたものですが、人々が「70~80歳」まで働くようになる社会を目指すというものです。その中では、年齢にとらわれない多様な学びや働き方を工夫する必要があるとも提案しています。


日本は今「超少子高齢化」で人材不足が問題になっていますね。すでに企業としては黒字でも、人材が確保できずに仕事を請け負えず「人手不足倒産」が相次いでいるそうです。また、後継者がいない町工場がやむなく廃業するということも珍しいことではなくなりましたよね。

ここ数年で急速に進んでいる「人材不足」の解消は国としても優先順位の高い課題です。その解決のためには、働き方の効率化・AIや無人運転の活用などがありますが、そもそも生産年齢人口(15~65歳未満)が20年で1割以上減少しているんですね。

これは全国の労働者が1割生産性を上げればいい、というものではありません。生産年齢人口が減る一方で仕事をしていない高齢者が増えることは現役世代の負担が加速的に増加することです。

そのため、少しでも労働力を確保して国全体の社会保障費を減らすために高齢者が働けるように社会・働き方を変えなければならないという「プレッシャー」がものすごい時期に差し掛かっているといえます。

実際、コンビニやファーストフードで高齢者の店員を見かけることも多くなりましたし、人材募集のチラシではシルバー雇用特集が組まれたりしています。官民挙げて「これまで労働者にならなかった層」の掘り起こしに必死なんですね。


一方で、「スポットライト」が当たっていない「人材の宝庫」があります。

障害者
です。

日本国内の埋もれたリソースとして数百万人を抱える「障害者」はこの人材不足の時代においてもいまだ「人材」としてみなされていません。これは実にもったいないことなのではないのかと思います。

「いや、障害者が働けるのか?」という疑問を持つ人がいると思いますが、ボクは最重度難聴で身体障害者手帳2級を取得していますが、まぁ、そこそこ働けています。電話はできないですし、会議などに出て一線級で働くというのは無理かもしれません。ただ、一つ仕事を明確に与えられれば一人でコツコツ遂行するのは苦ではないですね。自分の仕事は「生産性」があると思っています。(実際にどうかは知りませんが)

いわゆる障害者はかなりの割合で適切な配慮があれば働ける、という話を聞いたことがあります。この配慮とは別に24時間サポートするとか手話通訳者をつけるとかではなくて、筆談をしたり短時間勤務にしたり、フレックスタイムを認めるとかその程度のレベルでも、です。自分の実感としても業種やその方の意思・能力のマッチングさえうまくできるのなら、そのくらいにはなるかな、という感触はあります。

ですが、実際にはどうかといえば大変残念ながら障害者の就職率は身体・知的で50%前後で、精神障害者では10~20%という大変低いものです。(厚生労働省「身体障害、知的障害者及び精神障害者実態調査」による)

厚生労働省「身体障害、知的障害者及び精神障害者実態調査」


それがなぜかと考えたら、意外と「確固とした理由」ってないんじゃないか、というのがボクの見立てで、「障害者だから働けない」と言う「思い込み」が世間では支配的だから、というしかないんですね。要は「きっかけ」すらもらえないんですね。

しかし、国が本当に高齢者の人材活用を考えるなら、ボクたち障害者を「お荷物」にしているようで絶対にうまくいきません。なぜなら、高齢者とは障害者に「なっていく」ものだからです。

「高齢者」の大半は「現役世代」のように働くことができません。70歳80歳になれば誰でも足腰は衰えて、目も見えなくなり、耳も聞こえにくくなりますし病気もします。どんどん健康じゃなくなっていきます。もし本当に人材不足の解消のために高齢者を活用したのならば、「障害者が働ける場」を準備するということのほかなりません

ところが現在の「職場の環境」は障害者にとって働きやすいものになっているでしょうか?現在働いている障害を持った人のほとんどは「全然働きやすくない」と答えるでしょう。
これはいまだに障害者を「仕方なく雇うもの」と考えている企業が多く、障害者を人材として本気で活用しようとしてるところはそれほどないのが実情でしょう。

高齢者を人材として活用しようとするなら、働く高齢者一人一人に合わせた「働き方」をオーダーメイドしなくてはなりません。これは障害者の働きやすい環境を作ることと軸を一つにするものです。

障害者に対する「扱い」すらおざなりな現状で「高齢者の継続的雇用」を本気で取り組むのは非常に難しいことでしょう。高齢者を活用しても「押し付けられた」現場は何をどうしていいかわからずに「高齢者なんて使えない」「いないほうがいい」と不満が高まっていくことも考えられます。そして世代間の分断がさらに悪化して労働力の確保どころじゃない、そういう未来も十分に考えられるわけです。


では、ボクたち障害者がこの「人生100年時代構想」をただ冷笑的に見ていればいいかというとそんなことはありません。日本の社会保障費がうなぎのぼりです。しかも、働く人が少なくなり税収が落ちるということは「一人ひとりのかけられる社会保障費」は年々厳しくなるということです。すでに福祉を頼って生きている人が支給を打ち切られる可能性があることはもちろん、福祉を受けられなくて困っている人に福祉の手が伸べられる希望も失われることになります。

これに対抗するためには「人生100年時代構想」を「私たちの生活と直結するもの」ととらえる視点が必要なのではないでしょうか。「高齢者の働き方」と「障害者の生き方」は関係が薄そうですが、決してそんなことはないのです。

では、具体的に何ができるでしょうか。すでに働いている障害者は「こういう工夫があればだれもが働きやすい職場になる」と社会に訴えかけることができます。これまで様々な工夫をして仕事をしているはずですので、そのこと自体が「資料」になります。そして政府や行政はこのような「働くことが難しい人が働けるようになる資料」を集約することが必要でしょう。そうすることにより働ける人を増やし、税収を上げて社会保障費を減らすことにつながります。

一方、働きたいけど働けないという障害者も大勢いらっしゃいます。そこで「高齢者が働けるなら障害者も働ける」とキャンペーンを広げてみてもいいかもしれません。高齢者が働くというのは「働くのが難しい人」が当たり前に働くようになるというこれまでの常識が揺らぐ瞬間だからです。社会とは常識という思い込みと決めつけで動いている面もあります。その常識が揺らぐとき、活路を見いだせることもあるのです。

いずれにせよ、高齢者問題と障害者問題が手を組んで「できること」は無数にあるはずです。多様性を活かすとは「自分の問題」だけでなく「他人の問題」ともいかに手を取り合って時代を理想に進めていくかということでもあります。「超領域」な福祉・社会保障を一人一人が考えていかなければなりません。


その「超領域の福祉」ですが、渋谷で「超福祉展」なるものが、11月7日(火)から13日(月)まで開催されるとのこと。障害者をはじめとするマイノリティのイメージ、福祉全体のイメージを変えていく一大イベントで、11月8日(水)には「人生100年時代×超福祉ワークスタイル@シブヤ」と題して多様性のある働き方・生き方を考えるシンポジウムなども開催されるようです。

自分の問題だけでなく他人に問題を知ることでより広い展開が開ける。それはこれまでの歴史でも数多くありました。たとえばアメリカの公民権運動は黒人の人権並みならず他人種や障害者の権利を勝ち取る結果をももたらしました。

ボクたちが今感じている閉塞感。それは別な「問題」から解決の糸口が見つかるかもしれません。ご興味のある方は「超福祉展」で「関係ない問題」も覗いてみては?


超福祉展2017公式サイト

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kurage

ライター くらげ

重度聴覚障害と発達障害(ADHD)と双極性障害ですがなんとか仕事して生きてます。著書に「ボクの彼女は発達障害(1,2巻)」(学研)がある。ブログ「世界はことばでできている」( http://kurage-official.com/ ) では「障害者としてどう生きていくか」を軸に色々グダグダ悩みつつ語っています。この記事が公開される頃には既婚者になっている見込み。

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http://kurage-official.com/

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