「声」のバリアを字幕で超える。 映画『ミックスモダン』藤原監督に学ぶ、伝わるための工夫とやり直せる仕組み
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ライター:松下隼司(まつしたじゅんじ)
自分の思いが、相手にちゃんと届くように整えること。それは何かを表現する人にとって、活動を続けるための「命綱」とも言える大切なものです。
俳優として黒澤明監督の『影武者』や『乱』、北野武監督の『あの夏、いちばん静かな海。』など数々の名作に出演してきた藤原稔三(ふじわらとしぞう)監督は、30代で舌がんを患い、再発を経て舌の全切除という経験をされました。

藤原稔三(ふじわらとしぞう)監督
かつてのように話すことが難しくなった絶望の中で、監督は沈黙を選びませんでした。最新作『ミックスモダン』は、ベルリン国際映画祭「パノラマ部門」に正式出品されるなど、世界的に高く評価されています。

映画『ミックスモダン』
ホームページ https://www.mixmodern-movie.com/
予告映像
特筆すべきは、本作が「全編日本語字幕付き」で公開されている点です。これは単なる補足ではありません。声を出しにくいという壁を、どうやって「字幕」という工夫で乗り越え、観客と繋がったのか。そこには、私たちが共に生きるための大きなヒントが隠されています。
本稿では、教育現場で子どもたちと向き合う教員(24年目)の視点から、藤原監督が実践した表現の工夫と、映画のテーマである「職親プロジェクト」を通じた再挑戦の仕組みについて考えてみたいと思います。
1.「聞こえにくさ」を工夫で橋渡しする:自分を責めない「道具」の活用
藤原監督は、自身の滑舌に対して「聞き取りにくい」という周囲からの率直な意見を受け止めました。そこで監督が取った行動は、「一生懸命練習して、元通りに話せるようになること」ではありませんでした。代わりに選んだのは、「字幕という道具を使って、確実に伝える仕組みを作る」という方法です。
これは、私たちが日々の生活や福祉の現場で大切にしたい考え方です。何か困りごとがあるとき、本人の努力だけでなんとかしようとするのではなく、周りの環境や道具(この場合は字幕)を整えることで解決する。これを専門的な言葉では「合理的配慮」や「社会モデル」と呼びますが、要は「一人で背負い込まず、伝わるための橋を架ける」ということです。
このフラットな工夫こそが、言葉や文化が異なるベルリンという世界舞台での評価へと繋がりました。私がエキストラとして参加したお好み焼き店「千房」での撮影現場でも、監督は自身の声を補うために、的確な指示出しや、絵コンテなどの視覚的なツールをフル活用していました。そこには「頑張って話している姿に感動してほしい」という甘えはなく、良い映画を撮るという目的に向かって、自分にできる最善の「伝え方」を選び抜くプロの姿がありました。
2. 「職親(しょくしん)プロジェクト」:やり直せる「居場所」をデザインする
映画の物語の核となるのは、少年院を出た少年が、お好み焼き店での仕事を通じて社会復帰を目指す姿です。ここで描かれる「職親プロジェクト」は、元受刑者を企業が雇用し、仕事だけでなく生活面も「親代わり」となって支える制度です。
このプロジェクトの素晴らしい点は、個人の反省ややる気だけに任せるのではなく、企業という「居場所」と、社会の中での「役割」を、目に見える仕組みとして提供している点にあります。
この仕組みは、障がいのある方の就労支援とも多くの共通点があります。障がいのある方が社会に出る際、本人のスキルアップも大切ですが、それ以上に重要なのが、受け入れ側の「理解」と「環境の整備」です。映画の中で、お好み焼き店の夫婦が少年の個性を理解し、時に厳しく、時に温かく見守る姿は、まさに働きやすい環境を整えるプロセスそのものです。こうした「伴走してくれる存在」があるからこそ、人は過去の失敗や現在の困難を抱えながらも、再び社会と繋がり直すことができるのです。
現在、このプロジェクトには飲食業をはじめとする多くの企業が参画しています。これは単なるボランティアではなく、真面目に働きたいという意欲のある人を雇い入れ、共に社会を支えていくという、非常に現実的で力強い取り組みです。
3. 教育現場の視点:「できない」の裏にある「チャンスの欠如」
「できない子じゃない、やるチャンスがなかっただけなんだ」
保護司としても活動する藤原監督のこの言葉は、23年間教壇に立ち続けてきた私にとっても、深く共鳴する言葉です。
学校で、何かに躓いている子どもを「能力がない」「努力が足りない」と決めつけてしまうのは、その子の可能性を閉ざすことになりかねません。しかし、その「できない」という状態をよく見てみれば、そこには適切な伝え方(字幕やタブレットの活用など)や、安心して学べる環境、あるいは「自分も役に立てる」と実感できるチャンスが欠けているだけの場合が多いのです。
藤原監督が、声を失った後に「映画を撮る」という新しいチャンスを自分で作り出したように。そして映画の中で、お好み焼きの鉄板の前に立つという役割が少年の心を溶かしたように。私たち社会に求められているのは、誰かの欠点を探すことではなく、その人が力を発揮できる「火加減(環境)」を一緒に整えることではないでしょうか。
4. 映画『ミックスモダン』が描く「不揃いな具材」の共存
タイトルの「ミックスモダン」は、バラバラな具材が鉄板の上で混ざり合い、一つのおいしい味になる大阪の名物料理です。これは、過去に失敗した人、障がいのある人、そしてそれを見守る私たちが、お互いの足りない部分を補い合いながら共に生きる社会の姿そのものです。
この映画では、字幕という「目に見える言葉」と、役者の演技という「心に響く姿」がミックスされています。同じように、「職親プロジェクト」という制度が社会にミックスされることで、一人で悩んでいた人の未来に光が差し込みます。
5.誰もが「やり直せる」社会をみんなで作る
藤原監督が字幕という橋を架けて世界と繋がったことは、私たちに勇気を与えてくれます。それは、病気や困難を「自分一人で乗り越える物語」にするのではなく、字幕や制度といった「具体的な工夫」を使って、みんなで解決していこうという新しい視点です。
私たちが日々教室や職場で感じている「生きづらさ」も、ほんの少しの工夫や、適切な仕組みを取り入れることで、取り除けるものかもしれません。
「人生は、何度でも、いつからでも、やり直せる」
この言葉を、ただの理想に終わらせないために。藤原監督が映画に込めた「伝わらなければ意味がないという誠実さ」と、職親たちが示した「最後まで見捨てないという覚悟」。これらを私たちの日常の中にどう取り入れていくか。映画『ミックスモダン』が広げた温かい鉄板を、私たちの手でさらに大きく広げていくことが大切だと感じています。
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ライター 松下隼司(まつしたじゅんじ)
・大阪市立豊崎小学校教諭 ・絵本『ぼく、わたしのトリセツ』『せんせいって』 ・教育書『むずかしい学級の空気をかえる 楽級経営』『教師のしくじり大全』 ・Voicy(無料のネットラジオ)のパーソナリティ https://voicy.jp/channel/4155 ・第20回読み聞かせコンクール朗読部門で県議会議長賞、自由部門で教育委員会教育長賞を受賞 ・令和4年度 文部科学大臣優秀教職員表彰を受賞 ・教科書編集委員
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