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累計52万台ロングセラーのクッションストーリー 「心地よい」に障がいの有無はない 【前編】
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ライター:飯塚まりな
表参道のショールーム「ひさこの五感くらし」。一歩足を踏み入れると、品のある心地よいクッション、ソファー、椅子が展示されています。
株式会社ピーエーエス(PAS)は、単なるインテリアではなく、障がい者のための補装具を作っている会社です。「姿勢の法則」を駆使したオーダーメイドの採型技術を追求し、一般ユーザー向けの商品も展開。13年間で累計52万台販売の「p!nto」はロングセラー商品です。前編は、作業療法士であり代表の野村寿子さん(63)のこれまでの歩みをご紹介。
座った瞬間、身体が包まれる椅子
「なんだろう、この包まれる感じ」。
ショールームにあるソファに座り、背もたれに背中を預けた瞬間、身体全体がすっぽり収まったような感覚がありました。
とても心地よいけど、脱力感ではない。これこそが、作業療法士が手掛ける健康のための椅子です。

▲ひさこの五感くらしのショールーム
PASは大阪府に本社を構え、主に車いすクッションシートを制作。野村さんが顧客の採型を担当し、車椅子安全整備士の資格を持つスタッフたちとオーダーメイドの椅子を制作しています。
さらに、一般向けのプロダクトアイテム「ピントシリーズ」はクッションだけでなく、ソファや寝具など幅広く展開され、シンプルで無駄のないデザインが特徴的です。
「お客さまが購入された後は、いつもちゃんとお役に立ってるかなって気になります」。
我が子のようにアイテムに思いを馳せる野村さんは、常にユーザーたちの使い心地を気にかけていました。
医療は、患者の日常生活に入ってなんぼ
野村さんは大阪府東大阪市出身。昔ながらの工場が並び、他国籍の方も多く暮らす環境で育ちました。
高校生の時、医師だった父親の進めで、将来は作業療法士になることを決めます。
当時、すでに病気を抱えていた父親は野村さんに語り掛けます。「医師が、患者と向き合うのは病院にいる間のみ。しかし医療で大事なことは人々の生活に入っていき、日常生活で役立ってなんぼ」その言葉が遺言になりました。
昭和59年、父親の言葉を胸に、公務員の作業療法士としてスタートを切った野村さん。市の療育施設で働き、発達や身体に障がいがある子どもたちに、遊びや日常の動作を通じて心と身体を促す発達を支援を行いました。
療育の歴史の中で、昭和50年代に市町村事業として1歳半検診が導入されました。子どもの病気や発達の遅れの早期発見だけでなく、家族の育児不安を解消する目的で開始された事業は、現在まで続いている制度です。

▲月末に行う相談会には必ず大阪から東京へ
しかし、野村さんは検診に来る親子を見て、考えを巡らせることも多かったと言います。中には、我が子の検診結果を恐れ、現状を受け入れられずに困惑する母親の姿を見ることも。たしかに、子どものために適切な療育を行うことは重要ですが、何かひっかかるものがありました。
作業療法士の立場で迷いや戸惑いがある時、心に浮かぶのはやはり父親の言葉でした。
「子どもの作業療法は『遊び』」。
遊びの本質は楽しさや学び、心地よさであること。それは障がいがあってもなくても同じだと感じます。
「当時は適切な療育をしようと時代が変化した時でした。でも子どもたちはみな、遊びながら育っていくと思っています。私は小さいうちから、あえて障がいの有無で線引きをしたくないと思いました」。
泥んこ遊びで「楽しい」「もっと遊びたい」と感じる子どもの気持ちと、履いていた靴が泥でぐしょぐしょになったことで感じる、歩きにくさや気持ち悪さ。
たとえ同じ泥でも、その感覚の違いを肌で感じることは、障がいのあるなしに関係なく、子どもにとってはとても重要な体験だと野村さんは語ります。
「五感で感じる、豊かな感性。それは私なりに今後も伝えていきたいと思いました。だから働き方を変えた方がいいと考えるようになったんです」。
野村さんは16年間、大勢の親子に触れあい、作業療法士として培った知識と技術で実践した日々を形に残そうと、著書「遊びを育てる」を出版。そして、リハビリ職のプロとして今後はどう生きるのかを見つめ直しました。
「金儲け、見損なった」と言われて…
1999年、バブル崩壊とともに、野村さんは公務員を退職。周りの反対を押し切り、専門性を発揮できる場所を作ろうと起業します。
事業内容は、絵画教室や陶芸教室を開き。芸術の専門家を講師を迎え、作業療法士とタッグを組み、さまざまな画材を使って五感を刺激する教室でした。これまでの経験から障がいや年齢に関係なく、それぞれが「できること」を伸ばすための療育がしたいと熱い思いがありました。
さらに共同代表が、海外の木のおもちゃを大手メーカーから仕入れ、教室の一角でおもちゃ屋も展開しました。クリスマス前には街中でチラシ配りを行い、野村さんの子どもたちも手伝いました。

▲相談会の様子
しかし、事業を安定させることは容易でありません。当時は療育を習い事として行う文化はなく、一部の親子にしか浸透していきませんでした。講師料や教室の家賃を払うだけで精一杯な時期が長く、綱渡り状態に。
「いまはサービスを選ぶ時代ですが、あの頃はまだお金を払ってまで療育に力を入れる人は少なかったです。私たちは時代の先を行き過ぎていましたね」と振り返ります。
加えて、精神的に追い詰められたのは「医療従事者でありながら、金儲けに走った」と心ない影口を叩かれたことでした。収入面では、公務員時代の給料のほうがよほど安定していたものの周囲の理解を得られず、離れていく人や、営業に行けば門前払いをされるなど傷付くことがありました。
「医療は聖域だから、儲けたらいけないというイメージが強いのです。実際は、儲かるどころから給料はゼロ。でも、私がやっていることは正しいはずだと信じていました」。
自分の息子や娘にも母親の弱っている姿を見せたくない。たとえ、方向性がまちがっていたとしたら、その時はそのとき。納得いくまで突き進もうと諦めませんでした。
姿勢に悩む人の暮らしを支える椅子作り
そんな野村さんに転機が訪れます。
ある日、作業療法学会の展示会におもちゃを出展していた時、その場にいた愛知県の関係者から「オーダーメイドの車いすシートを作らないか」と声をかけられます。「お役に立てるのなら」とシートを作るための型取りを学びました。

▲カラフルな椅子たち
採型時に感じる「自分だけにしかわからない手の感覚」。作業療法士として長年培ってきた感覚が、自然と身体の重力を効果的に使うことができる位置を探していました。
身体をどこで支えたらいいか、呼吸をしやすい位置はどこか、頭の上がりやすさ、腕の動かしやすさ。野村さんにしか気付けない視点で、シートを完成させます。
「これなら姿勢を保ち、快適な椅子を作れる」。
製作を繰り返すうちに、作った椅子が「人生を変える魔法の椅子」と評判になります。車いすを使用する子どもから大人まで次々と注文が入るようになり、状況は一変。教室の事業に手が回らなくなるほど、忙しい日々を送るようになり、椅子作りに専念する覚悟を決めました。
その後、さらに介護保険でレンタルできるクッションの制作依頼を受けたことで、既製品化への道も開かれます。現在のロングセラーアイテム「ピント」クッションの誕生へと発展していきました。
後編は、PASの新事業について。現在、建設中の三重県御浜町に建設中の「五感のバリアフリー」を体験できる民泊施設への思いを聞いていきます。
野村さんのアイデアがちりばめられた、新感覚を味わえる施設とは。お楽しみに。
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ライター 飯塚まりな
フリーライター/イラストレーター 近所の人から芸能人まで幅広いインタビューを行う。取材実績は300人以上。 フリーペーパーから始まり、現在はwebメディア、書籍、某タレントアプリなどで執筆。 介護・障がい者施設での勤務経験あり。「穏やかに暮らす」がここ数年のテーマ。
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