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当事者だから伝えたい。義足の訓練と障がい者の防災意識

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ライター:keita0206

今回は、義足の防災士としてご活躍している櫻たかこさんにお話を伺いました!防災士とはNPO法人「日本防災士機構」が認定する民間の資格で、櫻さんは過去の罹災経験と障がい者である立場から防災意識を高める活動をしています。

特に障がい者であれば、有事の際に気をつけておかなければならないことも多いと櫻さんは話します。

今回のインタビューでは、日常生活を送るためにどのように訓練を重ねてきたのか。そして防災士としての経験から、障がい者は有事の際にどのようなことを心がけておけばよいのか、当事者の視点からお話を聞かせてもらいました!

突然の事故。「義足は隠すもの」から「私のアイデンディティ」に至るまで

「事故に遭った当初は、『地球が滅びればいいのに』と思いながら生活していました」

そう語る櫻さんが、自身の障がいを受け入れられるようになったのは7年ほど前のこと。事故に遭う前は健常者だったが、21歳の時に駅のホームから落ちたことが原因で義足生活を送ることとなりました。

「私の場合は、膝も欠損しているので、階段の上り下りの時に踏ん張りがきかないのが大変でしたね。ゴルフをする際、踏ん張りがきかないと膝がガクッと折れてしまう時もあります」

櫻さんいわく、同じ足の欠損でも、膝があるのと無いのとでは、日常生活での負担が大きく違うそうです。当事者になってみないと気づきにくい部分ですが、膝の筋力を使わずに階段の上り下りやしゃがんだり立ったりする動作は見た目以上に困難だといいます。

義足の付け外しにもそれなりの訓練が必要です。現在は3分もあれば取り付けられる義足も、最初のころは1時間ほどかかってもうまく装着できない時もあったそうです。しっかり装着できていないと、歩行時に痛みが生じてしまいます。外出先でも、バスや電車に乗ろうとしてバランスが崩れたり、信号が赤に変わる前に渡り切れないなど、自分の体の一部として使いこなすには多くの訓練を要したといいます。

自分の義足を隠すように生活してきた櫻さんが変わったきっかけは、息子が義足用にと布地にデザインを施してくれたことだったといいいます。

「息子に桜柄の絵を描いてもらったんです。その布地をもとに、義肢装具士さんに桜柄の義足を作ってもらいました。とても気に入ったデザインだったので、それをきっかけに世界中の人に義足を見てほしいと思うようになり、義足の格好で人前にも出るようになりました」

東京オリンピックの開会式ではプラカードを持って、選手を先導する役割を担いました。この出来事をきっかけに、櫻さんは講演会や防災士としての活動などを行い、自身の経験をもとにハンデがあっても挑戦する大切さや、後述するような当事者視点からの防災意識の呼びかけも行っています。

東京オリンピックの開会式の様子は、テレビでも放映されました
▲東京オリンピックの開会式の様子は、テレビでも放映されました

リハビリは日常生活から。義足探しから体の一部として使いこなすまで

障がいを負って義足が必要になった際、本人が最初にやるべきことが義足探しでしょう。その際、自分と相性の良い義肢装具士さんを見つけることが一番大事だと櫻さんは話します。

「今の時代であれば、SNSなどで個人が発信することが容易なので、自身の障がいを知ってもらいつつ、義肢装具士さんのアカウントに連絡を取ってみることから始めるとよいかもしれません。インスタであれば、義足の写真なども探しやすいでしょうし」

SNSで自身の障がいを知ってもらうことで、周りの人が情報を提供してくれたり、義肢装具士さんともつながりやすくもなるでしょう。義足作りはオーダーメイドなので、本人がどのような用途で使いたいか、普段の生活習慣など、義肢装具士さんとの綿密なやり取りが重要になってきます。

「自分に合う義足を作ってもらったら、外に出る回数を増やして義足を付ける時間を伸ばしていくのが大事ですね」

外に出るといっても、慣れないうちは駅の人混みや、足元がおぼつかない電車やバスでの訓練はハードルが高いです。継続して行うためには自分に合った工夫が必要だと櫻さんは話します。

「訓練というとすごい大変に感じてしまうので、私は買い物がてらショッピングモールで義足に慣れる練習をしていました。病院でも訓練はできますが、バリアフリーが多いのであまり実践的ではないですし。ショッピングモールは端から端まで歩くと結構広く、エスカレーターやエレベーターなど設備も豊富です。お店を見ながら楽しくリハビリをする方が、訓練も長続きするかなと思います」

ショッピングモールなら適度に障害物も多く、途中にソファなど腰掛ける場所が設けられていることも多いため、疲れたら休憩もしやすいそうです。また室内であるため、天候にも左右されないという利便性も備えています。買い物は日常的に行うものなので、ショッピングモールでの歩行練習は非常に合理的だと言えるでしょう。

障がい者としての震災体験が、防災意識を持つきっかけに

櫻さんは講演活動のほか、2025年に取得した防災士の資格を活かし「夢未来防災プロジェクト」に取り組んでいます。

夢未来防災プロジェクトとは、後述する櫻さん自身の罹災経験をきっかけとした「だれ一人取り残さない防災」を掲げ、障がい当事者の視点から見た避難や防災対策の啓発活動です。

櫻さんは防災士として、書籍も出版されています(詳細は記事下部にて記載)
▲櫻さんは防災士として、書籍も出版されています(詳細は記事下部にて記載)

「活動の中で、防災グッズの入った防災ポーチの作成と販売をしています。アップサイクルという、不要になった材料からより価値のあるものへとリサイクルする手法を用いて、防災意識を広めていこうと事業として行っています。JRの座席シートとヨットの帆を再利用した生地を、福祉施設の方に洗浄していただいたり、デザイナーさんにデザインしてもらったりしています。ポーチの作成は地域のお母さま方に手伝っていただいたりなど、雇用の創出にもつなげております」

講演会では親子で竹笛制作のイベントも行っています。有事の際に「命のホイッスル」として使ってもらいたい意図もあるそうで、親子で一緒に防災意識を高められるイベントとして人気があるようです。

そんな櫻さんが防災士として活躍するようになったのは、2005年の福岡県西方沖地震がきっかけだったといいます。

「福岡のショッピングビルの7Fイベント会場にいた時に罹災しました。息子と来ていたのですが、息子は下の1階フロアでロボットの講座を受講していたので、助けに行くために1段ずつ階段を下りていって。息子はちゃんと避難させてもらっていたんですけど、当初は行方が分からず施設前で4、5時間ずっと待っていました。

その際、施設の管理者から『車を出してほしい』といわれました。車は地下4階の駐車場に停めてあり、再び地震が来る恐れもあったので、乗って来た車は取りに行けないとお伝えしたのですが、なかなか受け入れてもらえず、地震におびえながら車を取りに行くしかありませんでした。そのような出来事が、のちに防災士の資格を取得するきっかけとなりました」

災害が起きた際、普段の心備えや避難経路の確保が自身の命を左右します。櫻さんは歩行困難者という立場でもあったため、有事への備えについては人一倍敏感だったのでしょう。

「災害への備えは、平時のうちから」

子どもに向けて講演する櫻さん
▲講演活動を行う櫻さん

「誰かが助けてくれるだろうと考えるのではなく、平時から自分でできる備えをしておくことが大切だと思っています」

防災士である櫻さんは、障がい者であっても、平時の時から災害時にどのような対応を取るべきか考えておくことが重要だと話します。

「災害時は、だれであっても自分の身を守ることで精いっぱいです。『自分は障がい者だから周囲が何とかしてくれるだろう』と考えていると、いざという時に困ってしまうかもしれません。普段から外に出やすいよう家の中の導線を確保しておくとか、自分自身で避難が困難なら、近所の人や行政の人にあらかじめ自分に必要なサポートをお願いしておくなどの備えが必要になってきます」

災害時に必要となるサポートは、人によって、また状況によって異なります。だからこそ、自分にはどんな備えや助けが必要なのかを平時のうちに把握し、周囲の人と共有しておくことが、いざという時の協力につながるのです。

まとめ

障がいと罹災、両方の当事者でもありながら防災士として活躍している櫻さんのお話は説得力に富んだ内容でした。

特に、障がい者の防災意識に関しては、各々持っている障害が違えば、工夫する点、必要なサポートも人によって変わってくると櫻さんは話します。当事者が一人一人、自分を守るためにどのような工夫や、事前の備えが必要か知るためにも、まずは防災訓練に参加して、災害に対する意識を高めてほしいとの事でした。

重ねて、櫻さんは随時防災意識を高めるための講演会や書道のパフォーマンスも行っております。2025年には著書『障がい者の防災対策: 誰ひとり取り残さない防災の10の知恵 (KK CONNECT出版)』を出版もされました。記事を読んで防災に関心を持っていただけた方は、こちらも参照いただけますと幸いです。

櫻たかこ 公式ホームページ
https://sakura-takako.com/

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ライター keita0206

1992年福岡県生まれ。先天性四指欠損という、左手の指が生まれつき4本無い状態で生まれる。大学4年生の就活の最中、ママチャリ日本一周を思い立つ。大学卒業後は就職せずアルバイトで資金を貯め、2015年5月〜2016年9月までの約1年4ヶ月で、ママチャリでの日本一周を達成。その後クラウドファンディングにて旅の記録を書籍化。旅後は大阪で一人暮らしをするも、旅したい欲求が溢れ2022年7月〜12月にバイクで2度目の日本一周を達成。現在は自転車インド一周の旅に向けて準備中。

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公式HP
https://keita-kabu-world.hatenadiary.com/

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