インスリンを打ちながら日本1周。本間さんの挑戦の軌跡
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ライター:keita0206
こんにちは。障がい者ライターの啓太です。今回はビデオ通話にて、埼玉県在住の本間太希(ほんま たいき)さんにインタビュー取材させていただきました。
本間さんは3年前、25歳の時に1型糖尿病を発症されました。その翌年の2023年には、クラウドファンディングやメディアへの告知も行いながら、自転車での日本一周に挑戦。その後もハーフマラソンや富士山登頂など、現在もアクティブに活動されています。今回のインタビューでは、本間さんがどのような経緯で1型糖尿病を発症し、その経験を現在の活動にどうつなげておられるのか、お話を伺いました。

▲インタビューに応じてくださった本間さん。ビデオ通話にて。そういえば髪の色を変えました。
25歳の春、突然襲った糖尿病

▲2022年3月、入院直後の本間さん。
本間さんは2022年の3月、路上を歩いているときに突然の動悸と呼吸困難に襲われた。「糖尿病性ケトアシドーシス」と呼ばれる合併症によって倒れ、そのまま救急車で病院へ搬送されたのだ。到着した病院で、医師から「あなたは1型糖尿病です。これから毎日最低4本の注射を打ち続けなければなりません」と告げられた。
「合併症の病名を聞かされた時から、なんとなく予想はしていましたが、実際に病名を言われるとショックでした。当日、医師に色々と質問を用意していたのですが、病名を告げられた途端、頭が真っ白になって、ほとんど質問できませんでした」
通常、人は食事をとると、膵臓からインスリンが分泌され、血中の糖分をエネルギーとして吸収する。しかし1型糖尿病では膵臓が働かず、インスリンが出ないため血糖値が上がり続ける(高血糖)。
一方で、インスリンを打ちすぎたり、運動や睡眠不足によっても血糖値は下がりすぎることがある(低血糖)。1型糖尿病の患者は、食事で血糖値が上がればインスリンを打ち、血糖値が下がりすぎればブドウ糖などを摂取する――まるで天秤のように、常に血糖値のバランスを自分で調整しながら生活することになる。
本間さんの糖尿病は1型と呼ばれる原因不明のもので、主に若年層が発症しやすい。加えて公的な医療補助の対象とならないため、患者は月に1万5千円から2万円の医療費を自己負担しなければならない。
血糖値との日々と、自転車との出会い
3週間ほどの入院を経て日常生活に戻った本間さんだが、血糖値のコントロールに慣れるまでには数ヶ月かかった。最初の3、4ヶ月は毎日のように低血糖や高血糖で立っていられなくなったり、不眠に悩んだりする日々が続いた。常に血糖値に気を使わなければならないため、これまでのように自由に食事をとることも難しくなった。
血糖値の急上昇が怖くて、毎日同じような低カロリーの食事になりがちだった。食事をとること自体が怖くなり、医師にも相談したが、返ってくるのは当たり障りのない言葉ばかり。「周囲に自分の苦しみをわかってくれる人は誰もいない」とふさぎ込み、勤めていた飲食の仕事も辞め、本間さんは自宅に引きこもるようになった。
「自宅に引きこもっている間、カウンセリングにも通っていました。半年くらいは、周りから心配の声をかけられても、聞く耳を持てないほど心が荒んでいましたね」
本間さんは当時を振り返っても、あまりに辛い日々だったため、毎日何をして過ごしていたか、ほとんど思い出せないという。
そんな状況を変えるきっかけになったのは、地元の先輩が貸してくれた自転車だった。家に引きこもってばかりでは体に良くないだろうと、先輩がサイクリングを勧めてくれたのだ。
「久々に外で運動したこともあって、すごく気持ち良かったのを覚えています。動悸もずっと続いていたのですが、自転車を漕いでいるうちに、すーっと収まっていきました」
それから本間さんは、はじめはたまに自転車を漕ぐ程度だったが、次第に毎日外で自転車に乗るようになっていった。暇さえあれば自転車に乗っていたので、日ごろの動悸や不眠も徐々に改善されていった。
調子も良くなってきたので、SNSに近況を投稿した。1型糖尿病を発症した時から、その様子を投稿していたので、本間さんには多くのフォロワーがついていた。久々の投稿を見たフォロワーからは、心配していた、元気に過ごしているようで安心した、などのコメントが寄せられた。

▲自転車が、荒んでいた心に新しい風を吹き込んでくれた
「この病気を知ってほしい」――日本一周を決意

▲旅の道中でインスリン注射をする本間さん
多くのフォロワーから応援と共感のコメントが寄せられ、本間さんは心身ともに調子を取り戻してきた。次第に、いつもSNSで応援してくれるフォロワーの方々に会いに行きたいという気持ちが湧いてきた。しかし、ただ会いに行くだけでは面白くない。どうせなら、大好きな自転車で日本一周をしながら会いに行ったほうが面白いのではないか。そして、その様子をYouTubeで発信しながら走れば、自分を通してより多くの人にこの病気のことを知ってもらえるのではないかと考えた。
本間さんがそう考えた背景には、1型糖尿病という病気が十分に知られていない状況を変えたいという思いもあった。SNSに「今日は〇〇本注射を打ちました」などと投稿すると、「食生活が乱れているから、糖尿病になったんだろう」「子供の時にお菓子を食べ過ぎたんじゃないか」といった、無理解なコメントが返ってくることが多かったからだ。
「この病気のことを、より多くの人に知ってもらいたいと思うようになりました。同じ糖尿病患者の方からも、よく周囲の方から誤解を受けるという言葉を聞きます。だったら自分が自転車で日本一周しながらSNSで発信すれば、多くの方に僕を通して糖尿病に関心を持ってもらえるんじゃないかと考えました」
2022年末に旅に出る決断をし、年明けにYouTubeで日本一周を宣言。それから旅を多くの人に知ってもらうためのメディアへの告知、クラウドファンディングや協賛企業からの資金集めなど、準備に奔走し、2023年6月に地元・新潟から出発した。
「糖尿病になったときの恐怖や苦痛が、僕にとっては人生で一番辛いものでした。だから、それ以外のこれまで大変だと思っていたことが、なんだかちっぽけなものに感じるようになったんです」
メディアには4社に出演し、協賛企業には100社にメールを送って7社と縁がつながった。クラウドファンディングでは、200万円以上の支援を達成した。
日本一周の旅、スタート

▲メディアに、日本一周の出発を告知する本間さん
資金もメディアへの告知も整い、旅はスタートした。旅の途中、薬の確保は欠かせないため、主治医から全国の病院へ紹介状を書いてもらい、道中で診察と注射の補給を受けるという形をとった。
また、旅の様子をYouTubeで発信するため動画撮影に奔走し、都市部へ行けば同じ患者の方たちと集まり、交流会を開いて病気や生活のことを共有し合った。
全国各地で糖尿病患者と交流するうちに、本間さんは都市部と地方とで、医療情報の広がりに格差があることを感じ始める。
「地方の方と、都市に住んでいる方とで、医療格差を大きく感じました。例えば都市部なら、医者が開いている患者交流会も多いので、患者同士がつながれたり、情報共有も容易です。しかし地方に住んでいると、患者の交流会は滅多にありませんし、中には『今まで同じ病気の人に会ったことがなかった』という方もいました」
各地の患者の状況を目の当たりにしながら、旅の中で本間さんは、医療情報の格差をなくすことの必要性を強く感じるようになった。
旅の道中で直面した、血糖コントロールの難しさ
旅をしながらの血糖コントロールは、想像以上に難しかったと本間さんは語る。
「毎日自転車に乗っている分、エネルギーの消費も激しいので、その分糖分を取らないといけません。しかし、下手に取りすぎると、すぐに高血糖の症状が出てしまうので、インスリンもそれに合わせた量を打たないといけません。もちろんその日の走行距離や、食べるもの、体調も変化しやすいので、その中でのインスリンの調整はかなり大変でした。でも、そういった日常生活と違った環境で鍛えられたため、次第に量や感覚をつかむのに慣れていきました」
旅の途中、本間さんは一度、救急車で運ばれたこともあった。
「北海道を走っていた時に、高血糖のような症状に襲われたことがありました。まともにしゃべれる状況でもなかったので、悩みましたが、救急車を呼びました」

▲旅の途中。インスリン注射は欠かせない
原因は睡眠不足や連日の疲労による体への負担だった。できれば誰にも迷惑をかけずに旅をしたかったが、背に腹は代えられない状況だった。
SNSにこの出来事を投稿すると、「旅を楽しむなら自己管理を徹底すべきだ」「救急車を本当に必要としている人に対して迷惑だ」といった声が相次ぎ、瞬く間に批判の的となった。
一時は旅を中断しようか悩んだ本間さんだったが、道中で出会ったある人の言葉に支えられ、旅を続けることにした。
「数日前に偶然の出会いから仲良くなって、食事をご馳走になった方がいました。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してほしいと言ってくれていたので、思い切ってその方に電話したんです。現場に置いたままの自転車を取りに行ってもらっただけでなく、次の目的地まで僕も一緒に運んでいただきました」
その男性は「旅を続けて欲しい」としきりに励ましてくれ、最後は自宅に戻るまで3時間もかかる場所まで送り届けてくれたという。
その後、本間さんは主治医と今後の対策も相談したうえで、旅を続行することに決めた。走行距離をこれまでより少し抑え、食事とインスリンの量をより工夫することで、体調を安定させながら旅を続けられるようになっていった。
各地の患者同士の交流会では、延べ500人以上の糖尿病患者とつながった。出会った人々の言葉や、発症してまだ半年ほどの男の子の明るさにも励まされたという。道中で出会う人の励まし、同じ病気の仲間の声、SNSでの応援に支えられ、本間さんは5ヶ月間に及ぶ日本一周を終えた。

▲各地で糖尿病患者の方々と多くの交流をした
旅のあとに――医療情報の格差をなくすために
旅を終えた本間さんは、旅の中で感じた地方における医療情報の格差を、これから解消していきたいと話す。
「お医者さんの数も都会と地方では全然違いますし、1型と2型の治療法を同じにしてしまっている内科医の先生の話も少なくありません。同じ1型なのに、医療情報の格差によって、食べ物の制限も変わってくるんです」
そんな状況を少しでも変えようと、本間さんは現在、クリニックや福祉施設のSNS運用の代行も行っている。
「お医者さんって毎日結構忙しくて、SNSやホームページで広報している暇がないんです。外来の患者さんを診たり、学会への論文の執筆、大学での授業などで手一杯で。都市部のお医者さんだと、患者交流会もやったりするんですけど、それを広報するところまで手が回らないんです。その辺の広報活動、SNS運用をお手伝いさせていただいております」
全国各地を当事者の目線で旅したからこそ、地方の医療情報の格差をなくしたいという思いが、本間さんの中に強く芽生えていた。
SNSの運用代行のほかに、本間さん自身、糖尿病のない人にもこの病気を知ってもらうため、マラソンなどにも挑戦している。
「糖尿病に関する情報だけを発信しても、見てくれるのは、糖尿病に関心のある人だけになってしまいます。そうでない人にも広くこの病気のことを知ってもらいたいと思い、マラソンなどのエンタメ活動を通じて、多くの方にこの病気を知ってもらいたいと思って活動しています」

▲日本1周後は多くのマラソン大会に出場

▲旅の記録を、本として出版もできた
本間さんは旅を終えて以降、各地のフルマラソンや100キロマラソンに出場してきた。将来的にはトライアスロンや、マラソンの最高峰といえるウルトラマラソンにも挑戦していきたいと話す。
「まだトライアスロンすらやってないのに、ウルトラマラソンのことまで考えてしまうことがあります。そのたびに、思わずニヤニヤしてしまいますが」
1型糖尿病は、外から見てわかりにくく、誤解も受けやすい。だからこそ本間さんは、走りながら、発信しながら、この病気のことを社会に伝え続けている。同じ病気とともに暮らす人が、住む場所によって必要な情報にたどり着けない―その状況を変えることが、いま彼が向き合っている課題だ。
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ライター keita0206
1992年福岡県生まれ。先天性四指欠損という、左手の指が生まれつき4本無い状態で生まれる。大学4年生の就活の最中、ママチャリ日本一周を思い立つ。大学卒業後は就職せずアルバイトで資金を貯め、2015年5月〜2016年9月までの約1年4ヶ月で、ママチャリでの日本一周を達成。その後クラウドファンディングにて旅の記録を書籍化。旅後は大阪で一人暮らしをするも、旅したい欲求が溢れ2022年7月〜12月にバイクで2度目の日本一周を達成。現在は自転車インド一周の旅に向けて準備中。
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