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「現代のような不確実な時代に、最もたくましく生きていく力を持っているのが、ぼくたち発達障害者のはずだから。」作家・市川拓司さんインタビュー【前編】

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「現代のような不確実な時代に、最もたくましく生きていく力を持っているのが、ぼくたち発達障害者のはずだから。」発達障害の作家・市川拓司さんインタビュー【前編】の画像

ライター:Media116編集部

「小説を映画化したい」とハリウッドからオファーを受けたこともあるほど、作家として世界的な成功を収めている市川さん。どこまでも純粋で清らかな恋愛を描くその作品は、アジアを中心に海外でも支持されています。そんな市川さんは、かねてから自身が発達障害であることを公表しており、今年の6月には『ぼくが発達障害だからできたこと』(朝日新書)を出版されました。そこで今回、ご自身の体験や思いをありのままに綴ったこの本についてインタビューを実施。当事者ならではの悩みについて、アドバイスもいただきました。

——「ぼくが発達障害だからできたこと」は、どのようなきっかけで発行されたのですか?

担当編集者さんからお声がけいただいたのがきっかけです。実は数年前から「発達障害の当事者が自分のことを思い切りポジティブに語る本」を出したいと思っていたんです。だからタイミング的にもぴったり。構想はできあがっていたので、書き始めてからは早かったですね。


——読者の方たちからの感想として、どのような声が多いですか?

ぼくは研究者ではなくあくまで小説家ですから、軽やかさやポジティブさにユーモアも加味しつつ、この本を書きました。でも、これだけポジティブに書いていても、どこか自分と重ね合わせて重く受け止めている人も多いようです。特徴的なのは、彼氏や夫に対して「この人はもしかしたら発達障害なのでは?」と薄々感じていたのが、この本を読むことで確信に変わったという女性が多いこと。この本を読んで彼らの「行動の理由がわかった」という声です。

例えばアスペルガー的な要素として、強い孤独癖があります。パートナーに対する距離感が独特なんですね。だから相手を突き放してしまったり、「本当に愛されているのか」と不安にさせてしまったり、近づいてきた相手を拒絶したり…ということが起こるわけです。でも、そういう方法でしか関係性を築けない。だから、発達障害者をパートナーにするということは、献身する者とそれを享受する者という関係になる可能性もある。そういう部分をある程度は、この本から汲み取ってもらえたかなと思います。

要するにアスペルガーは他人に対しての情が極端に薄い。この本の中にも書いていますが、マルチに人間関係を築けるような脳になっていないから、せいぜい3人くらいまでしか許容できない。だから信頼して安心だと思える相手に人間関係が集中し、とことん依存し要求も上がっていく。それに対して、パートナーがどれだけ不快感を持たずにいられるか。もし自分の人生を損なうほどのレベルで負担を感じるのであれば、その時は自分を大切にしてほしい。

市川拓司さんインタビューの様子


——発達障害の当事者からは、どのような声が届いていますか?

当事者の方たちの感想としては「少しでも前向きになれた」という声がいちばん多く、それがぼくのねらいでもあります。発達障害者は、統合失調症や躁うつ症など、発達障害を根本にした二次障害として、いろいろな名のつく病気を煩っているものです。そして最も共通しているのは、自己肯定感が持てなくなっていること。「自分は間違っている」とか「エラーな状態なんだ」と思うことで、自己肯定感は失われてしまいます。でも、この本の中では、自分が間違っているのではなくて、現状の中において適応障がいを起こしているだけ。本質的には間違っているのではなくて、ある種の特性、特質なんだということをくり返し伝えています。

まずは視点を変えてみることが大切だと思うんです。例えば、ぼくたちは周りからよく攻撃を受けますが、それが個人に対する攻撃ではなく、自分があるグループに属していて、他のグループから威圧を受けているんだと考えれば、比較的気が楽になります。自分の全人格が否定されているのではない。集団と集団の接点で起きている衝突なんだと。そのような視点を持ってもらうのもねらいの一つです。ぼくが自分のことをテナガザルだと言っているように、自分がどのグループに所属しているかを考えるのが第一歩かも知れませんね。


——市川さんはご自身のことを細かく分析されていますが、「自分を知る」ことはどのように大切だと考えていますか?

発達障害の人は本来「パターン化」というものが得意です。自分自身を俯瞰し、自分が何者なのかを考える力が普通の人より強いはずなんですね。ぼくの場合は前頭葉に機能障害を抱えていて、前頭葉が旧バージョンな状態。だから直感力とパターン化する能力が高く、とことん観察して相関を見つけ出す能力に長けているわけです。

「こうやったときはこうだ」
「こう観察したときはこんな気分になる…」
それらを観察していくと、あるパターンが見えてきます。

「あら?これって原始人に近いんじゃないか」
「人間ではなくサル。それも協調性のあるテナガザルに似ている!」
という具合に。

だから、ある程度まではこの本を読むのもいいけれど、あくまで起点として自分自身で考えてみて欲しいのです。現象だけを見つめずに、その本質がどこにあるのかを突き詰めて考えていく。すると、「だったらしょうがないじゃん」と自分を認めることができる。枝葉の部分では障がいや病気に見えることも、そもそも根本の部分が人と違うのであれば、いっそ割り切って、うじうじ悩まずに次の行動に移って行ける。それがぼくのやってきた方法。この能力は、決してぼくだけに限ったものではないはずです。

『ぼくが発達障害だからできたこと』の書籍画像


——市川さんはとてもポジティブな思考だと感じますが、ネガティブになってしまうこともありますか?そんなときは、どうやって立ち直っていますか?

ネガティブになってしまうことは、よくあります。そんな時は、とことんあがきますね。

ぼくは20歳そこそこでパニック障がいを発症しましたが、それが二次障害の始まり。当時は自分が発達障害だとはわかっていないから、いろんな精神科へ行ってカウンセリングも受けました。でもある時、これには脳神経が関与しているのではないかと気付いたんです。ぼくは元々陸上選手だったので、十代の頃から鍼灸の先生に体を診てもらっていた経験があります。そこで思い浮かんだのが脳神経だったんですね。人間関係がどうとかストレス以前に、脳のネットワークが普通の人と違うのではないかと考えたわけです。

人間関係というのは職場に勤めている以上はどうしようもないことで、転職でもしない限りは受け入れていくしかありません。でもぼくは、二十代半ばには結婚して子供も生まれていたので、そんなこともできない。だったら内分泌、脳神経の方面からなんとかしていくしかないと考えました。具体的な方法として、食べ物や運動、睡眠など、内分泌を意識したアプローチをするようになりました。もちろん精神科にかかって安定剤も飲みましたけれど。妻も東洋医学の勉強をして20年以上になりますが、そうやって今も夫婦で探し続けています。

例えば、発達障害には神経を伝達する物質のセロトニンが深く関わっていて、セロトニンはドーパミンの分泌を促したり、メラトニンに変わって睡眠を促すなどの働きをします。でも、このセトロニンは夏から冬にかけて分泌量が三分の一に減ってしまうんです。だから毎年秋には、普通の人なら秋はセンチメンタルな気分になって済むところ、ぼくらはとことんディプレッションに陥る。今がまさにそれですね。

でもここでも、パターン化して考えるわけです。いつものように思いついたことを自分で検証して調べた結果、頭に浮かんだのが大豆。その中でも湯葉には、セロトニンの原材料となるトリプトファンが納豆の30倍以上も含まれていることが、今朝調べてわかったんですよ。この30年間、こうやって何かを見つけては摂り続け、ダメならまた次と繰り返しています。ここ一カ月くらいのブームはクエン酸、それと巷でも大ブームの鶏むね肉。でも今日からは湯葉。ただし、ぼくは何でもやり過ぎるところが良くない。発達障害の典型ですね。


——市川さんが発達障害を公表された理由とは? カムアウトするかどうか悩む当事者の人たちへアドバイスをお願いします。

ぼくの場合、何の気なしにブログで「今日精神科の先生にアスペルガーだと言われてさ…」と書いたら、そのまま広まっていった感じなんです。根がポジティブというのもありますが、自分の内側にあるものを何のためらいもなく、たとえ社会的に自分が不利益になるようなことでもペラペラ言ってしまうのがアスペルガーの本質だから。いろんな人から「発達障害をカムアウトしてすごいですね」と言われても、カムアウトという言葉すら知らなかったくらいです。

カムアウトするかどうかで悩むのは、やや社会性を獲得している人。あるいは、ぼくのような原始人ではなく、現代人に近い機能を持っている人だと思いますね。対人関係に比重を置いている人ほど悩むのではないでしょうか。でも本来は、そこに比重を置かないはずなんですよ。ぼくらは他者が自分をどう思っていようが気にしないし、気にするという概念すらない。そして葛藤のもう一つの理由は、日本ではまだ発達障害に馴染みがなく、偏見があるから。

ここは損か得かで考えるべきですよ。つまり、カムアウトすることによって自分はどれだけの援助が受けられて、楽になれるかを考える。もし偏見によって職場での立場が逆に悪化するようなら絶対に言うべきじゃない。自分のプライドやアイデンティティーなんか一切気にせず、実利的に考えた方がいいと思います。

そうやって割り切って考えられるのが、発達障害者の特質であるはずなんです。ただ、親の方が社会性を持っていると、子供に対して一般化の圧力をかけてしまう。親からの刷り込みによって、その時の状況判断をしてしまう癖がついてしまう。学校はちゃんと出なきゃとか、学歴は大事…とかね。

本来、学歴とは無縁に生きていく力が強いのは発達障害者だと思っています。学歴というのは、普通の人たちの最終的な拠り所だと思うから。マルチであり協調性があり、平均的な能力を数値化したのが偏差値。それが普通の人たちの生きる術。彼らがデータベース的な能力、記憶力とか受験能力のようなものを進化させたのに対して、我々は我々の能力を進化させてきたわけですから。

ぼくたちは偏差値や学校組織の中にとどまる能力を持たないがゆえに、その補償機能として、必ずそれ以外の能力をものすごくいっぱい持っているわけですから。中卒だろうがなんだろうが、誰よりもたくましく生きていけるのが我々なんだ、という自負がありますね。

だから忘れないでほしいのは、直観力とパターン認識能力を持ち、最も力強く世の中をサバイブしていけるのが発達障害者だということ。卑屈になる必要なんてない。日本という社会の中で、たまたま適応障害を起こしているだけ。多分ヨーロッパあたりだったら、発達障害者の方が強く生き抜いていると思いますね。

【後編に続く】

プロフィール:

いちかわ・たくじ。1962年東京生まれ。2002年に『Separation』でデビュー。2003年発表の『いま、会いにゆきます』が映画化・テレビドラマ化され、文庫と合わせて140万部の大ベストセラーとなる。他の著作に『恋愛寫眞―もうひとつの物語』『そのときは彼によろしく』『こんなにも優しい、世界の終わりかた』など、恋愛小説の旗手として支持される。2016年6月に自身初の新書『ぼくが発達障害だからできたこと』(朝日新書)を上梓。

インタビュー:田中英代

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