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「ろう者のリアルな姿を知って欲しい」—女優・忍足亜希子さんインタビュー【前編】

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ライター:Media116編集部

日本で初めて、ろう者の女優として映画主演を果たした忍足亜希子さん。女優になる前は短大を卒業し、一般企業で働いていた経験を持っています。いつ頃から、どのようなきっかけで女優になろうと思ったのか、演じることの楽しさや難しさ、これからの目標についてお話をうかがいました。

「女優になりたい」より「私たちのことを知って欲しい」

Q:忍足さんは短大卒業後、銀行に就職されています。就職活動はどのようにされていたんですか?

短大在学中にお世話になっていた先生が、卒業後の就職先として横浜銀行を紹介してくださいました。それまでは自分も周りの学生と同じように就職活動をするものと考えていましたが、先生が推薦してくださったご縁で、家からも通いやすい横浜市内にある本店で働けることになりました。

Q:就職活動~就業中も含め、苦労したことはありましたか?

銀行には様々な仕事がありますが、お客さまと直接触れ合うような業務は私には難しいということで、一般事務を担当していました。主にパソコンを使ったデータ入力や、お客様へお送りする手紙の送付作業が中心でした。

仕事を通してパソコンが使えようになったことが今でも役に立っていますが、職場の人たちとのつながり、コミュニケーションを取るのが大変でした。やはり、聞こえる人同士の会話のようにポンポンと言葉のやりとりができない難しさがあります。私は筆記での会話に慣れていますが、そうではない人に毎回面倒をかけてしまうという気後れがあり、人間関係を難しく感じていました。

忍足さんのインタビュー風景の写真

Q:どんなきっかけで、女優という道を進むことになったのですか?

銀行で働いていた頃、手話の講師をしている先生が東京で手話講習会をされるということで、遊びに行きました。その時、先生に「NHKで手話関係の番組に関わっているんだけど、もし興味があったら一緒にやりませんか?」と声をかけていただいたんです。最初は「テレビ?私にできるかな?」と思いましたが、「やってみよう」と決心して、その気持ちだけ伝えたつもりが、トントン拍子で話が進み、あっという間に出演が決まりました。

その番組というのは、手話を使う教育番組『ノッポさんの手話で歌おう』です。『できるかな』のノッポさんと一緒に歌を歌うという内容で、小さい頃からずっとテレビで観ていたノッポさんに初めてお会いしたときは、すごく嬉しかったですね。テレビ出演が決まった少し後に、5年間働いた銀行を退職しました。

Q:女優という仕事にはもともと興味があったのですか?

私の場合、女優になりたいという思いよりも、ろう者のリアルな現実を聴者の人たちに見て欲しいという思いが強くありました。映画のオーディションを受けてみようと思ったのは、映画『アイ・ラヴ・ユー』が、聴者とろう者が一緒になって作る今までにない作品だったからです。監督は1人ではなく、聴者とろう者の2人による共同監督という形で、ろう者の役者もたくさん出演することにも興味を持ちました。

それまでいろんなテレビドラマや映画でろう者が登場する作品がありましたが、その内容に疑問を抱くことが多かったんです。「どうしてろう者が泣いたり、寂しい思いをしたり、孤独な存在として描かれることが多いのかな?」と。でもそうじゃなくて、ろう者はもっともっと明るいし、聴者と同じように楽しんでいます。きっと『アイ・ラヴ・ユー』は、ろう者の社会をリアルに表現する作品になるだろうなと思いました。

実は、映画に出演する前に、舞台のオーディションも受けていました。それは『小さき神の作りし子ら』という作品で、『愛は静けさの中に』という邦題で映画化もされています。映画の主演は舞台と同じマーリー・マトリンさんで、この作品でアカデミー賞の主演女優賞を受賞しています。私は20歳くらいの頃にこの映画をテレビで観て「うわぁ、カッコいい!ろう者でもこうやって演技の道で活躍することができるんだ」と感銘を受けました。そして、いつしか彼女のように強くなりたいと思うようになっていました。

そんな中、『小さき神の作りし子ら』が日本でも舞台化されることになり、オーディションに応募しました。結果的には舞台出演には至りませんでしたが、その一年後に『アイ・ラヴ・ユー』のオーディションの話があり、チャレンジしてみようと思いました。

同じような夢を抱くろう者のために手助けがしたい

忍足さんのインタビュー風景の写真

Q:「演じる」ことの難しさや面白さとは?

私はろう者なので、与えられる役は基本ろう者の役です。別の人を演じなければいけないのに、いつもの生活の癖が出てしまうことがあって、そこのコントロールが難しいですね。喜怒哀楽といった様々な感情を自然に表現して役に近づけるのが難しいと感じます。特に、テレビや映画というのは舞台とはまた違う、自然な演技が求められます。だから、自分以外の人の気持ちを表現して、いろんな役を演じ分けられるということはすごいと思います。

今まで一番大変だと感じたのは、泣く演技です。同じ「泣く」でも、いろんなバリエーションがあります。悔し泣きもあれば、悲しくて泣くこともある。それを表現するのが難しかったですね。

お芝居が面白いと感じられるようになったのは、映画デビューしてから1年ほど過ぎた頃ですね。デビューするまで演技経験は全くなかったので、撮影現場でほかの俳優さん・女優さんの演技を観ることが、とても勉強になりました。
楽しかったことは、撮影の現場でいろんな俳優さん、女優さんたちとの新たな出会いの機会がいただけたことです。夫とも、この仕事を通して出会うことができました。

Q:女優という道を進んだことで、周囲の反応はいかがでしたか?

最初はテレビに出るとか、人の前で何かするなんて自分には無理だと思っていましたが、20年来の友人が一生懸命私を説得してくれました。オーディションに合格すると、私の両親は「すごいね!よかったね!」と喜んでくれて、周囲の人たちもみんな応援してくれました。すごく嬉しかったですね。

デビューした直後は、映画のプロモーションのために日本全国を回りました。テレビに出演して、さまざまなインタビューを受ける日々が続きました。1本の映画に主演することで、そんなにたくさんの仕事が待っているとは思わなかったので、本当に芸能界というのは大変だなと思いました。芸能人としてテレビに出る、映画に出るということは、表現者としてだけではなく、こうやって人に見られる立場になるということなんだと、初めて自覚しました。

忍足さんのインタビュー風景の写真

Q:今後の目標や夢はありますか?

舞台で活躍するろう者はたくさんいらっしゃいますが、テレビや映画で活躍するろう者はまだまだ少なく、私の知っている限りでは1人2人しかいません。でも私のように俳優や女優になりたいと思っているろう者はたくさんいると思うので、そういう人たちに夢や勇気を与えたいし、そのためのお手伝いができたらいいなと思います。自分も日本の芸能界の中でもっとチャレンジして、テレビや映画にも出演したいですね。ろう者ということで役は狭まっていますが、そうではなくて、もっといろんな方法や工夫によって、出演するチャンスを得ていくのが目標ですね。

例えば、海外ではテレビや映画で活躍しているろう者の俳優・女優はたくさんいます。そういう方たちと一緒に映画が作れたらいいなと思います。昨年日本でも公開されたウクライナの映画で『ザ・トライブ』という作品は、実際のろう学校を舞台にした実話に基づいた映画で、出演者は全員ろう者。字幕もなければ声もない、BGMもない、そこにあるのはバタンとドアを開けるなど「音」だけというのが特徴的な作品です。聴者、ろう者関係なく楽しめる、それでいて衝撃的な作品で、その年のカンヌ国際映画祭で批評家週間のグランプリを受賞したことでも話題となりました。この作品の主演はヤナ・ノヴィコヴァという若い女優で、彼女は世界各地の映画賞で賞を受賞したようです。彼女が来日したときに舞台挨拶でお会いしましたが、彼女も「ぜひ一緒に映画を作りましょう」と言ってくれたので、それも夢の一つですね。

【後編に続く】

プロフィール:

1970年北海道生まれ。青葉学園短期大学卒業。5年間の銀行勤務を経て、1999年に公開された映画『アイ・ラヴ・ユー』の主役にオーディションで選ばれ、女優デビューを果たす。聴覚にハンディキャップのある女優が映画の主演を務めた日本初の映画として注目を集める。同作にて毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞受賞。2002年、舞台『嵐になるまで待って』での共演をきっかけに演劇集団キャラメルボックス所属俳優の三浦剛さんと結婚。2012年に長女・優希ちゃんを出産。

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ライター Media116編集部

障がいのある方のためのライフスタイルメディアMedia116の編集部。障がいのある方の日常に関わるさまざまなジャンルの情報を分かりやすく発信していきます。

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